本研究は視運動性眼振(optokinetic nystagmus; OKN)と呼ばれる眼球運動を用いて,人の視覚的注意位置を推定可能かどうか明らかにすることを目的とした.2019年度では,3次元シーンにおいてOKNから注意位置を推定できることが示唆された.そのため,注意位置の推定精度を上げるため,OKN以外の瞳孔も指標として用いることができるか検討した.その結果,注意がシフトした位置の明るさと対応して,瞳孔が変化することを明らかにした.この成果に基づいて,2020年度では,OKN・瞳孔反応を同時に測定することで,人の注意位置だけでなく,注意を切り替えたタイミングも推定できることを明らかにした.最終年度では,注意の位置を空間的にシフトしたときに,OKN・瞳孔反応がどのように時間的に変化するか検討した.その結果,OKN・瞳孔反応から注意を空間的にシフトしようとする兆候が推定可能であることを明らかにした.これらのことから,OKN・瞳孔反応を用いることで,精度の高い注意位置・注意シフトの推定が可能であることが示唆された.さらに,OKNは個人差があることが知られているため,眼球運動障害があると言われている自閉症スペクトラム障害とOKNの特性との関係を検討した.その結果,OKNのゲイン(OKNの緩徐相速度/刺激運動速度)と自閉症スペクトラム傾向の間に負の相関が見られた.また,瞳孔反応の個人差については,対光反射における瞳孔の潜時と抑うつの重症度との間に正の相関が見られた.これらのことから,本研究の成果は,個人差に適応した実環境における注意位置・注意シフト推定システムの向上に大きく貢献し,車両の事故防止や人とマシンの円滑なコミュニケーションの実現に寄与するだけでなく,個人の心理的特性を推定するバイオマーカーの開発にも貢献が期待できる.
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