本研究課題は真性粘菌 Physarum polycephalum (モジホコリカビ)変形体の非同期セル・オートマトンによる数理モデルを利用したリザバー計算の可能性を探求することを目的とする.真性粘菌は単細胞生物ながら一種の情報処理能力を有することが知られており,周囲の環境情報を統合した複雑な振る舞いを示す.これらの挙動を,再帰的ニューラルネットワークを大自由度の力学系で置き換えようとするリザバー計算に応用可能であるかどうかを検討することが本研究の目的であった. すでに初等セル・オートマトンのような力学系を用いたリザバー計算が可能であることが報告されているが,中でもクラスIVと呼ばれるカオスと秩序的振る舞いの中間的な挙動を示すルールにおいて,リザバー計算として高い計算能力が認められることが知られている. 本研究では粘菌モデルと初等セル・オートマトンを相互作用させることによって,従来の初等セル・オートマトンでは少数のルールでしか見られないクラスIV的振る舞いが多くのルールに対して出現することを確認した.提案手法では,初等セル・オートマトンの計算結果に基づいて,粘菌モデルに対してフィードバック刺激を与え,フィードバックに基づいて粘菌モデルがセル・オートマトンの状態を再現する一種のメモリとして利用される.粘菌モデルが挙動を完全に再現できないがゆえに,セル・オートマトンのカオス的挙動を抑制・または,秩序的な時間発展に擾乱をもたらすことで,結果てきにクラスIV的挙動が実現される.これによって,提案手法においてリザバー計算器としての計算能力を持つことを示した.これらの結果は2024年に開催された人工生命とロボティクスに関する国際会議において報告されている.
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