ATRはDNA複製ストレスに応答して活性化し生存に寄与するためその阻害剤は正常細胞よりもDNA複製ストレスレベルの高いがん細胞に有効に作用すると考えられてきた。14種類の肺腺がん細胞を解析比較した結果、細胞の持つ内在性複製ストレスレベルがATR阻害剤感受性と相関することが分かり、興味深いことに、高感受性細胞の多くにSWI/SNFクロマチン再構成複合体のサブユニットの一つSMARCA4の欠損が認められた。それらのSMARCA4欠損細胞におけるSMARCA4強制発現やSMARCA4野生型細胞におけるSMARCA4発現抑制実験を通して、SMARCA4が欠損していると(I)複製困難領域として知られているヘテロクロマチンが増加することでDNA複製ストレスが生じ、(II)reversed forkにおいてヌクレアーゼであるMre11が過剰に働くことで 一本鎖DNAが生じる、という2つの異なる理由により相乗的にATR阻害剤に効果を示し、SMARCA4欠損がATR阻害剤高感受性のバイオマーカーとなる可能性が示された。 また、多能性幹細胞であるマウスES細胞は分化細胞よりもDNA複製速度が低下しており、DNA複製ストレスレベルが高いことが示唆される。また複製起点の活性化頻度も高くがん細胞とよく似た複製様式を採用している。一方、ES細胞ではゲノム安定性は高く保たれており、ゲノム不安定性の高いがん細胞とは似て非なるDNA複製様式を持つことが予想される。ES細胞にATR阻害剤を処理することにより強く細胞死が誘導され、その際、複製フォークの非対称な進行が増加することが分かった。以上のことから、ATR阻害剤を用いたがん治療、特にES細胞と遺伝子発現プロファイルが似ているとされるがん幹細胞への応用が期待される。
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