東北地方太平洋沿岸域では,複数種の底生動物で地域特有の遺伝子型が報告されており,日本列島での沿岸生物個体群の遺伝構造を考える上で重要な地域と言える.日本列島に生息する代表的な半陸生ガニであるクロベンケイガニ,アカテガニ,アシハラガニは,陸域で生活し,産卵は海域で行うため,個体群維持には陸域と海岸が連続した環境を必要とする.そこで本研究では,東北地方太平洋沿岸域を含めた日本列島の半陸生ガニ3種を対象に遺伝的な分集団化や局所集団の孤立の可能性を明らかにすることを目的した. 最終年度にあたる本年度は,集団遺伝構造解析の追加解析,成果の取りまとめを実施した.まず昨年度実施できなかったmtDNAのCOI解析を追加実施した.半陸生ガニの歴史的な時間スケールによる地域的な太平洋型と日本海型などの遺伝的分化プロセスを検証するためである.COI解析には日本列島沿岸各地の集団より,クロベンケイガニでは21地点184個体,アカテガニでは26地点252個体,アシハラガニでは16地点151個体を用いて実施した.その結果,半陸生ガニ3種のいずれでも,ほとんどの地域でハプロタイプ(h)の多様性は高く,ヌクレオチド(π)の多様性は低い傾向が示された.mtDNAのCOI解析により,日本沿岸域の半陸生ガニ3種は歴史的な時間スケールでは十分に遺伝的交流があることが明らかとなった. 昨年度実施した高解像度のSNP解析では,半陸生ガニ3種の中でクロベンケイガニのみが,東北地方から房総半島にかけての太平洋沿岸地域集団と他地域集団とで遺伝子交流の制限が明らかとなっている.またクロベンケイガニの東北太平洋沿岸の集団は,高い近親交配係数を示し,有効集団サイズの減少を示唆していた.以上の結果から,半陸生ガニ3種にとって,特に東北太平洋沿岸地域のその生息地を含めて保全することが必要であることが示された.
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