本研究課題は2022年3月までの予定であったが、Covid19の影響によって現地調査をおこなえなかったため、1年間延長した。延長後の最終年度にあたる2022年度には、ようやくCovid19発生後初めての現地調査を実施できたほか、国際学会での発表をおこなった。 現地調査は短期間であったため、予備的調査にとどまった。2022年9月に、南薬を専門とした診療所を運営する仏教系の宗教団体の本部(在ホーチミン市)を訪問し、当該宗教団体およびその寺院本部そのものの沿革と、信者の集う祭礼の日の特徴の把握に努めた。そこでは、当該宗教団体が南薬をはじめとする薬草の提供で有名であることに加え、祭礼の期間には非薬用植物の販売の場ともなっていることが明らかになった。こうした植物の売買には、新興の(必ずしも仏教系とは限らない)私立教育機関の職員といった外部の団体がかかわっており、寺院にかかわるネットワークの拡大が認められる。ただし、寺院での治療活動に用いる南薬の流通網の変遷についてはさらなる調査が必要である。 国際学会では、現地調査が叶わなかった間に進めていた文献調査に基づき報告した。すなわち、太平洋戦争中の日本の諸機関によるベトナム南部の医療・衛生事業の調査内容についてである。旧日本陸軍をはじめとした諸機関のベトナムにおける医療・衛生事業の研究は、フランス語文献の翻訳がほとんどであったことが分かっている。しかし、それらをもとにしてベトナムで実地調査をおこない、薬用資源の標本を日本に送る取り組みがあったこと、一方、宗教団体による治療活動に対し、当時の調査機関の関心は極めて低かったことが明らかとなった。
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