本研究課題の課題は、①王権における神器と王の関係を明確にすること、②王が神器の媒介者であるという仮説に立脚し、媒介者としての王と人々の属人的かつ親密な人的紐帯の質的側面から王権を記述すること、③王と人々の属人的かつ親密な人的紐帯が現代地方政治エリートたちが織りなす属人的な人的紐帯との関係で、どのように融合あるいは摩擦を生み出しているのかを明らかにすることだった。しかし、研究課題の期間中の2020年3月頃に本格化した新型コロナウィルス拡大の影響のため、現地調査が困難になり、研究計画の変更を余儀なくされた。とくに課題②と③に関しては、人物同士の属人的関係を観察し記述する必要があり、複数の箇所での参与観察、適切なインフォーマントの選定、インタビュー調査などのフィールドワークが必須だった。2020年3月以降は、現在まで蓄積してきたデータ、2019年度中の現地調査、電話インタビュー、SNS上での情報などを用いることで、①から③までの課題を部分的に明らかにすることが出来た。研究のアプローチに関しても、人々が「王国」の存在を仮定して振舞う現象から、人的紐帯の質的側面を明らかにするというアプローチに変更した。本研究課題では、人々の「王国」の存在を仮定した振舞いは、国際的先住民運動興隆の中で、インドネシアに「輸入」された先住民主権の表現であることを明らかにした。①に関しては先住民主権の表現のために周囲の「王国」を模倣することで、普段は神器を中心とした政体が、時として王自身を中心とした政体として顕在化することを指摘した。②と③に関しては、人的紐帯の質的側面の解明には至らなかったものの、先住民主権を求める人々の王に対する支持や期待について明らかにすることが出来た。王権の復興が先住民主権の表現であるという本研究課題の結論は、今後の研究の中でさらに発展させていく予定である。
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