2022年度は最終年度の課題として、ケアの倫理から考える新たな安全保障研究構築のための理論研究を行った。まずは先行研究の整理を行い、その上で本研究の事例がどのような理論的示唆を与えうるかを検討した。また本研究に関連するケースの調査として、アウシュビッツ強制収容所(ポーランド)と、トゥールスレン収容所(カンボジア)を訪れた。第二次世界大戦下ナチスによる迫害および、アジアにおいて比較的新しい紛争であるカンボジア内戦下で性暴力被害者を受けた女性たちの被害実態の調査を行った。2021年度の調査が明らかにしたのは、公的な社会運動からは見えてこない、被害者の声や想い・行動、支援者たちとの相互依存性であった。しかし2022年度の調査では、そのような被害者たちが生き延びるためにとってきた多様な戦略は、必ずしもフェミニスト安全保障研究の中で注目を浴びてきたわけではないこと、そして武力紛争下の性暴力研究にある種のバイアスが存在することが先行研究の整理を通じて明らかとなった。その背景には主に以下の2点があることがわかった。
①主流のフェミニズムは西欧の啓蒙思想に深く組み込まれており、それは個人のアクターが民主的な過程において合理的で科学的な視点をもつものだと想定されてきたこと。 ②武力紛争下における性暴力をめぐっては、「後発の第三世界で起こる暴力」というかたちで植民地主義的なまなざしで捉えられてきたこと。
以上を踏まえて、30年以上継続してきた日本軍「慰安婦」問題解決運動と研究が、ケアの倫理から考える新たな安全保障研究に貢献し得る理論的示唆とは、被害者を取り巻くローカルなジェンダーやセクシュアリティ、人種、民族、当該国家間の政治・経済をめぐる権力関係と、そしてこの問題に向き合う者と被害者との間にある権力関係が、被害者たちの尊厳回復のための営みのあり様やその効果を左右すると結論付けた。
|