時間領域干渉計を用いたガンマ線準弾性散乱法は、原子・分子スケールの構造のナノ~マイクロ秒の緩和時間を測定可能とするユニークな手法である。本研究の目的は、これまでの手法に対しさらに高精度な時間領域干渉計を開発することで、ダイナミクス測定の効率を飛躍的に向上することである。そして、この新手法を用いてタイヤのモデル系であるポリブタジエンゴム中の高分子の運動の時定数を高精度に決定し、ゴムの様々なマクロ物性のミクロな起源を明らかにすることを目指している。 2022年度は、これまでの装置開発により完成した高感度時間領域干渉計を用いて、タイヤのモデルゴムに対する応用研究を行った。具体的には、ポリブタジエンゴム中のα緩和、Johari-Goldstein緩和が延伸ひずみによりどのように影響を受けるかを調べた。α緩和は微視的な高分子セグメントの拡散運動であり、Johari-Goldstein緩和はその起源は不明であるがより局所的な緩和過程であることが知られる。延伸時にこれらのダイナミクスを調べることで延伸時のゴム中の高分子の微視的状態に関する知見が得られる。2021年度以前の研究では、単に未延伸状態のゴムのα緩和、Johari-Goldstein緩和を調べたのに対し、今回の実験では、本研究で開発された装置系を有効に用いることで、各緩和の緩和時間や緩和強度に対する延伸の影響を初めて微視的に評価することに成功した。具体的には、α緩和に関しては延伸ひずみに相関して分子運動は遅くなるが、Johari-Goldstein緩和に関しては逆にその運動は速くなるという特異な結果が得られた。本研究の結果は、延伸下にあるゴム中の分子運動に対する影響やその微視的構造緩和描像を明らかにしたばかりか、Johari-Goldstein緩和の起源に関する大きなヒントを与えるものであり、論文発表を行っている。
|