研究課題
アルツハイマー型認知症(AD)は神経細胞の脱落により脳が萎縮する神経変性疾患である。ADでは認知機能の低下だけでなく、不安や抑うつなどの行動・心理症状(BPSD)が認められる。治療には主に対症療法が用いられるが、脱落した神経回路は再生されないことが課題である。iPS細胞の発見により再生医療技術を用いた神経組織の再構築が期待される。実際、iPS細胞由来神経細胞のADモデル動物への移植が認知機能を改善することが報告されている。一方、不安や抑うつといった精神神経系症状に対する感受性は、ADの危険因子であるにも関わらず、神経細胞移植による認知機能改善における精神神経系症状について焦点が当てられていない。本研究では神経細胞移植による損傷した神経組織の再構築における、認知機能改善と精神神経系症状の関連解析を試みた。神経細胞移植は疾患モデルマウスの運動機能に影響を与えることはなかったが、空間学習能および空間参照記憶能の改善が認められ、精神神経系症状も改善が認められた。海馬の腹側領域は意欲や不安抑うつを制御することが知られるが、空間学習能の改善は精神神経系症状の改善と高い相関があったが、興味深いことに空間参照記憶能の改善は精神神経系症状の改善と相関が認められなかった。神経細胞は生理機能の異なる様々な神経伝達物質を放出する。移植した神経細胞はコリン作動性神経細胞、GABA作動性神経細胞に分化したが、これらは移植箇所に定着するわけでなく異なる領域に分布していた。この結果から神経細胞の移植はいくつかの作用機序により認知症を改善することが明らかとなった。AD認知症に対する脳神経組織再生医学療法の開発において重要な知見となる本研究成果は、国際的な学術雑誌であるExperimental Animals誌にて報告している。これらの成果は高く評価され、第69回日本実験動物学会の奨励賞受賞が内定した。
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