ヴァティカン図書館所蔵ギリシア語写本1927番(以下「1927番」)は、旧約聖書の『詩篇』を本文とし、テキストの間に100以上の豪華な図像を有する、12世紀前半に制作された写本である。ビザンティン世界の詩篇写本には、旧約聖書である本文に対し、新約聖書や他の典拠に基づく挿絵を描く複雑な機能を持つ作例があるが、1927番もまた、他に類例のない多様な挿絵を持っている。本研究は、1927番に描かれた、詩篇著者とされる旧約の王ダヴィデが登場する箇所、及び新約聖書の物語図像を中心に、他に類例のない同写本の全体像を明らかにする試みである。これまで系統立てた分析が行われてこなかった1927番の、キリスト伝と旧約物語場面関連付けて表象されている箇所を、写本本文および図像に関連するテキストと併せて分析、検討した。具体的には、旧約聖書と新約聖書の内容を、挿絵によって関連づけている箇所を明らかにすることで、中世における正教圏の神学的解釈を実証的に検討した。また今年度は現地調査としてギリシアに赴き、国立図書館写本室の作例調査に加え、アテネ、テサロニキをはじめとする様々な聖堂において調査を行った。キオス島のネア・モニ修道院など、以前から比較対象として度々言及し、継続して調べていたものの実見することが叶わなかった聖堂に長時間滞在して写真撮影を行うことが出来たことは大きな収穫であった。書籍の図版では正確に分からないモザイクの配置、特定の場所に立った時に見える範囲を実際に確認することが出来、自説の裏付けが可能となった。
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