8世紀までに成立した日本の文字資料においては、その数は多くはないものの、歴史資料に韻文が記されているものが発見されている。それらの文字資料としての価値は評価すべきでありながらも、韻文作品として解釈するものは未だ少なく、日本古典文学研究の点からは捨て置かれているに等しい状況といえる。 2019年度は、まず前年度に基礎的研究として取り組んだ、京都府宇治市の橘寺放生院の蔵する「宇治橋断碑」銘文について引き続き調査研究を行った。なお、前年度の研究成果については、本年度8月に「『宇治橋断碑』銘文攷 ―第一行を中心として」(『言語教育研究』十一号)として刊行済である。本年度の研究においては当該銘文の注解を行うとともに、同時代の国内の文献、及び中国文学や仏典との比較を以てその表現性を考察した。前年度における調査個所では中国の古典籍に基づく表現散りばめられ、当時の中国文学受容の一端が看取できることを明らかにした。本年度の調査個所ではそうした中国古典籍以上に仏典からの表現の流用が行われていることや、その形式が北魏期の造像銘に近しいことを明らかにした。この成果については論文を執筆し、掲載が決定している。 また、正倉院文書の楽書にみえる七夕を題とした漢詩、及びその詩序について考察も前年度に継続して行った。この楽書は「造仏所作物帳」(続修正倉院古文書、第三十二巻)にみえるが、その全文に対する注解は現状みえず、詩序について詳論するものが一篇存するのみである。本年度の研究にあたっては、全文注釈を論文形式で発表すべく、鋭意執筆中である。 助成は本年度で終了するが、前年度、本年度で得られた研究成果を基に、上代の韻文資料についての定位とその理解をより深めるべく、同様のテーマでの研究は継続していきたい。
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