ハインリヒ・フォン・デム・テューリーンの『王冠』は、ドイツ語圏の第2世代のアーサー王物語といえる。作品の後半ではヴォルフラムの『パルチヴァール』のプロットが大枠において流用されている。本年度は第一に、クレティアン・ハルトマン・ヴォルフラムの「古典的」アーサー王物語と『王冠』の比較研究について、この半世紀あまりの文献を参照した。重点的に参照したのは、80年代以降の作品再評価の動向である。かつて「古典」の亜種として見過ごされてきたこの作品の価値は、「間テクスト性」の視角から近年注目を集めている。第二に、両者の比較の手がかりとして騎士の美徳を表す概念に注目し、使用例を一覧化し(頻度の高い5つの語について)、共に用いられる語彙等の分析に取りかかった。『王冠』がハルトマン・ヴォルフラムの作品を明らかにプロット上引用している箇所については、語の使用状況を作品間で比較した。第三に、騎士の美徳概念の研究文献を参照し、新たに教化詩のジャンルに目を向けた。『王冠』より十数年早く書かれた『パルチヴァール』において、美徳概念が空洞化して単なる強調表現に用いられる用例がすでに散見される。その一方、同時代には美徳概念を列挙して聴衆の教化を図る教化詩が複数生まれており、騎士の理念化に対する強い関心が窺える。以上の取り組みは完結を見ず、継続中である。また昨年度からの継続で、ハルトマンとヴォルフラムにおけるtriuwe(誠)とminne(愛)の2語の使用例を分析した。minneの問題視と抑制の主張がハルトマンからヴォルフラムに引き継がれた例について、国際アーサー王学会日本支部で報告した。
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