2019年度は、まずE. M. ForsterのHowards End (1910) をEmpathy研究の観点から分析した。Howards Endは、19世紀的同情(sympathy)のリアリズムから、モダニズム的な共感のナラティブへの過渡期に位置付けることができる作品である。本作の特徴は、伝統的な作品の系譜に連なりながら、モダニズムを飛び越えてポストモダニズム的であるとさえも言われるような、急進的な語りを見せる部分にある。歴史的な感情であるとされる同情/共感の観点からこの両義的とも言える語りを分析した場合、Howards Endにはどのような歴史的局面が反映されていると考えられるのだろうか、という問いを立て、本作のエピグラフである「ただ結びつけよ…」から考えてみるに、Leonard Bastのような中産下層階級に属する社会的弱者に対する同情は、もはや現実的な解決策とはならず、Wilcox家的な商業か、もしくはSchlegel家的な芸術のいずれかという選択肢も、決定的な判決を下すための前提とはなってはいなかった、という結論を導き出した。単なる同情でも共感でもない、ただ結びつけるというリベラル・ヒューマニズムの態度にこそ、Forster独自の他者理解が見られる。 また、Virginia WoolfのFlush(1933)における、人間と犬という異なる動物同士の認知上の差異および共感の作用についても研究した。Flushは、ヴィクトリア朝を代表する女流詩人、Elizabeth Barrettの飼っていた犬であったが、彼の五感は、この詩人をもってしても理解することのできない世界の諸相を探り当てる。この点には、人間の知覚の限界の提示および文学の新たな可能性の模索という、モダニズム文学を考えるうえでも非常に重要な特徴を見出すことができる。
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