本研究の目的は、非御撰であるがゆえに研究が立ち遅れていた『異本梁塵秘抄口伝集』の基礎的研究(諸本調査、翻刻、本文校訂、注釈)を進めることで、平安末期における宮廷歌謡の実態の解明に繋げることである。 昨年度は諸伝本の調査と翻刻を行った。今年度は、突出して伝本が多い巻第十一の伝本の本文の比較を行い、次のような成果を得た。 巻第十一には、『梁塵秘抄口伝集』以外に、『郢曲抄』や『梁塵秘抄』といった名称で伝わっているものが見られる。調査することができた巻第十一の伝本のうち、『梁塵秘抄口伝集』という名称のものと、『梁塵秘抄』、『郢曲抄』という名称のものの間には大きな本文の異同が確認された。本文内容の検討の結果、前者の本文がより古い形態である可能性が高いことが分かった。 一方で、巻第十一の伝本が多く残るのは、後者の本文が『多家秘書』に収められて流布したことに拠るものだと考えられる。『多家秘書』には、静嘉堂文庫蔵本(全5冊)、もりおか歴史文化館蔵本(全10冊)、豊田市立中央図書館蔵本(全10冊)などの伝本があり、その奥書から、多忠得(1777‐1838)が、享和元年(1801)から文政七年(1824)にかけて、多家秘蔵の楽書・楽譜十数点を書写したものであることが分かる。巻第十一の本文については、末尾に「右梁塵秘抄ニ出 郢曲部也ト云々」とあり、多家において巻第十一が『梁塵秘抄』の「郢曲部」として伝えられていたことが、巻第十一に『郢曲抄』という名称がつけられる要因となったと考えられる。 研究期間全体を通じて、これまで調査が不十分だった『異本梁塵秘抄口伝集』の諸伝本を整理・翻刻し、巻第十一の本文校訂を終えた。
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