研究計画最終年度にあたる2020年度は、前年度に引き続き実討的検証を行なった。 第1に、投資条約のネットワーク化が投資家の権利保護に対して与える実践的意義を示す実行として、Swissbourgh対レソト(2017-2019)を題材に行なった分析の成果を『岡山大学法学会雑誌』に研究ノートとして公表した。 第2に、同じく投資条約のネットワーク化を押し進める原動力の1つとも言える最恵国待遇(MFN)条項の適用機序につき、最新の仲裁実行であるA11対チェコ(2018)を分析するとともに、従来の仲裁先例の流れを再整理した。仲裁実行においては、投資受入国が第三国と締結している投資条約中の仲裁条項をMFN条項を通じて援用し、本来であれば有し得ないはずの仲裁申立権を得るという訴訟戦術については、仲裁先例は混乱していると評価されてきたが、分析の結果、先例を整合的に把握するための視座が得られた。研究成果は『JCAジャーナル』に判例評釈として公表した。 第3に、同一の企業グループに属する複数の投資家が、別個の投資条約に基づき同時にまたは連続して仲裁を遂行する事例を題材に、こうした並行仲裁の遂行がどのような法的規律を受けているのかを分析した。この点については、一般法としてはres judicataやlis pendens、forum inconvenienceといった手続的原則が、条約規則としてはICSID条約26条、Fork-in-the-road条項および放棄条項等が関係するが、総じて「当事者」要件の厳格かつ形式的な解釈により、並行仲裁の有効な規制には至っていないことが判明した。仲裁先例では、手続濫用の原則による処理が見られ、保有株式の割合や利害関係の同一性といった実質的要素を考慮する事例がある。これら事例をさらに整理して理論的分析を加えた上で、成果の公表を目指す。
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