本研究は、作業関連ストレスに起因する精神疾患・障害を抱える労働者に対する補償と予防について、両者にどのような連関があるかを整理することを目的としている。精神疾患・障害には、使用者が講ずべき措置が画一的でないこと、症状の程度について把握が困難であるなどの特性があるため、使用者の安全配慮義務の内容を画定ないし限界づけるだけでは不十分である。そこで、令和元年度は、多様なアクターが労働者の健康・安全に関与しうる集団的健康確保システムの検討を中心に行った。 第1に、わが国における産業医制度に関する最新の法改正を踏まえ解釈論的検討を行った。2018年6月に成立した働き方改革推進整備法は、病気の治療と仕事の両立を目指した「働き方改革実行計画」を具体化する内容を含んでおり、産業医の権限を強化させるとともに安全衛生委員会等との連携強化を図るものとなっている。本改正を踏まえた法違反の効果については、「産業医制度をめぐる改革の方向性と課題」(季刊労働法265号(2019年6月)79-88頁)において検討・公表した。わが国の産業医制度は、フランスと比べて法的な身分保障が不十分であること等が従来から指摘されていたところ、本改正では、使用者が産業医を解任する際に安全衛生委員会等にその理由を通知する義務が課されたほか、労働者の健康情報を産業医に提供すべき事業者の義務、産業医の勧告権限の強化等が図られた。 第2に、フランスにおける産業保健制度の近時の動向について、若干のフォローを行った。フランスでは、2019年1月に産業保健制度に関する報告書が出されており、《産業保健制度の簡素化》と《職業性リスクの予防の推進》に重点を置いた提言がなされている。フランスの研究者による同報告書の批判的考察は、「報告書『職場における健康─予防強化のための簡素化システムに向けて』をめぐる法的考察」(日本労働研究雑誌(2019年11月号)109頁)で紹介した。
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