研究課題/領域番号 |
19K20888
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
久保 研介 慶應義塾大学, 商学部(三田), 准教授 (40450506)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 競争政策 / 独占禁止法 / 企業結合規制 / 合併シミュレーション |
研究実績の概要 |
本研究は,各国の競争当局による従来の企業結合審査(合併,買収等の競争効果に関する審査)の理論的根拠となっている経済学的な考え方について,理論と実証の両面から批判的検討を行うものである。当初から考察を続けている「市場における競争に関する需要者の認識変化」に加え,本年度は「関連市場の画定における供給者行動の考慮」に関する理論的考察を行った。 競争当局が企業結合審査を行う際は関連市場(供給者間の競争が行われる範囲)を画定する必要があるところ,その際に需要面の要因(例えば,異なる商品間に存在する需要の代替性の程度)のみを考慮すべきか,それとも供給面の要因(例えば,供給者が異なる商品間で供給能力を再配分する可能性)も考慮すべきかという問題は,長年議論の対象となっている。日本の公正取引委員会を含む多くの競争当局は,関連市場の画定において「供給の代替性」(供給者による商品間での供給能力の再配分)を考慮することが適当であるとの立場をとっているが,その経済学的根拠はこれまで十分に検討されて来なかった。 本年度の研究では,単純な複数財寡占モデルを用い,(1)供給の代替性が存在する場合としない場合で,合併・買収後に実現する価格変化は異なること,(2)供給の代替性を考慮して関連市場を広く画定すると,却って合併・買収後の価格変化を見誤ってしまう可能性があることが明らかになった。特に(2)の結果は,競争当局が供給の代替性に基づいて「広い関連市場」を画定することが,必ずしも適切ではないことを示唆する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
本年度は「競争当局は関連市場の画定において供給の代替性を考慮すべきか否か」という問題意識の下,単純な複数財寡占モデルによる分析を行った。理論モデルの分析結果は,供給の代替性が存在する場合としない場合とで,合併・買収後の価格変化が異なることを示す。このことは,競争当局が供給の代替性を何らかの形で考慮すべきであることを示唆する(ただし,供給の代替性に基づいて単純に関連市場を広く画定すると,却って合併・買収後の価格変化を見誤ってしまう可能性がある点には留意が必要である)。 こうした理論上の発見が,実社会において意義を持つことを示すために,本年度は船舶市場にかかるデータを購入した。船舶市場の分析では,個々の船舶タイプ(原油タンカー,コンテナ船等)ごとに関連市場を画定することが一般的であるところ,そうした市場画定に基づいて分析を行うことの妥当性については議論の余地がある。そこで,次年度は船舶市場のデータを用いて,供給の代替性を考慮した市場画定の方法に関する実証分析を行う。
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今後の研究の推進方策 |
「関連市場の画定における供給の代替性の考慮」に関する研究については,理論モデルの精緻化を続けると共に,船舶市場のデータを使った実証研究を行うことで理論分析の意義を確かめる。 昨年度から続く「市場における競争に関する需要者の認識変化」に関する研究については,中小企業による金融機関選択行動をケースとしたシミュレーション分析を行う。具体的には,金融機関同士の合併・買収によって生じる競争状況や価格形成プロセスの変化が,各需要者が持つ「考慮集合」(選択の範囲)の変化とどう関係するのかを明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は「関連市場の画定における供給の代替性の考慮」に関する理論的分析を行い,その含意を検証すべく船舶データを購入したものの,準備時間を要したため,それを用いた実証分析までは実施できなかった。そこで,次年度は船舶データを使用した実証分析を行う。資金の使途としては,主にデータ収集とプログラミングにかかる人件費を想定する。
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