まず、先行研究では明らかにされていない社会福祉事業の歴史を史料実証的に明らかにすることで、戦前の施療に起源をもつ「無料低額診療事業」が、戦後の社会福祉制度改革のなかでいかにして存続してきたかの検討を行った。厚生(労働)省における政策変更の画期に着目し、1950年代後半の社会福祉審議会議事録等の史資料が有用と考え、その分析により、同事業の事業基準の策定課程の分析を試みた。 もう一つは、同事業の利用実態についての調査により、この事業の特徴や性質を明らかにすることである。これにより、医療保険+医療扶助の体制で取り残された人びとへ医療保障制度のあり方を論じることであった。これについては、同事業を実施する医療機関の医療ソーシャルワーカーへ質的調査(聞き取り調査)を行った。その結果、現在の無低診療事業は、医療保障への「最終手段」としての実際的な意義の反面、公的医療保障制度への接続が困難な際の「つなぎ」であり、また他のいかなる公的制度をもってしても解決できない場合に補完的に発動されるものであった。実施機関数の少なさ、偏在も考慮すると、医療保障における役割は限定的であること、さらに、事業運用の複雑さや、その内容の不透明さついても指摘した。その対応として、まずは1974年発出に由来する現基準を見直すことが最優先であるとし、また、医療保障制度を再編する中で、社会福祉事業としての困窮者医療のあり方を検討すべきことも提案した。
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