教科目の特質やその変化の要因を解明することは,今後の教育の在り方を論じる際の視点を提供し得る。特に「ほぼ全ての生徒に提供することを前提としてデザインされた中等学校カリキュラムにおける最初の科学授業とされるアメリカのハイスクール「生物学」は,教科目の変遷論理を考察する格好の素材と云える。これまで,学校教育制度やカリキュラムの歴史に関する本格的で優れた研究は多数発表されているものの,「生物学」成立初期の評価は日本のみならず諸外国においても充分でない。そこで,「生物学」の成立初期の歴史的展開を,先行研究で等閑視されてきた人間生理学領域に焦点を当てて解明した。当時用いられていた教科書や実習書,各種史料を用いて研究を行った結果,さらに発展的学習のための準備から生活のための準備への目的・目標の変化,人体や日常生活との関連の充実,嗜好品に関する学習の強調等の学習内容の変化,帰納的解剖実験から演繹的実証実験への学習方法の変化等が認められた。そして,これらの変化の要因は公衆衛生の発展,嗜好品に対する認識,優生学思想の浸透,生物学の学問的成熟,学会等による報告・提言,大学との関係,生徒のニーズ,学校運営等の側面から解釈された。より正確に「生物学」の成立過程を捉えるために,初等教育との関係の解明が必要となる。初等教育における「生理学」の歴史的展開については今後の課題である。なお,これらについての詳細は論文及び学会における口頭発表にて公開した。
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