前年度は絵画や彫刻等の見ることを中心とした鑑賞指導方法論の研究を行った。研究を進めていくうちに,美術作品の鑑賞活動で用いる感覚は視覚だけではないことを考察した。そこから,手に取って使用する工芸作品は視覚以外の感覚も用いて鑑賞すべき作品であり,その鑑賞指導方法は体系化されていないことに気付いた。よって,視覚以外の感覚を用いた工芸の鑑賞指導方法論を構築する研究を進めた。 鑑賞対象として日本各地の様々な団扇を取り揃え,鑑賞実践と調査をA小学校とB中学校でC大学で行った。まず調査したのは,鑑賞者が団扇を渡されたときに団扇について何を考えどこに意識を向けるのかということであった。同様の調査を行った絵画鑑賞の調査結果と比較すると,特に鑑賞者が意識を向ける場所に大きな違いがあった。絵画鑑賞では,年齢による特徴はあってもどの年齢の鑑賞者も作品の内側と外側の両方に意識を向けていた。しかし本調査では,ほとんどの鑑賞者が作品の外に意識を向けることが分かった。作品に対する意識の向け方が異なるというこの結果は,工芸鑑賞は絵画鑑賞とは異なる鑑賞指導方法論が必要であるということを示している。また,多くの鑑賞者は団扇の素材や作りなどに目を向けていた。団扇という道具を,絵画のような視覚的イメージでなく,そこに存在する「物」としてとらえる傾向の強さの表れであると考えた。さらに小さい学年ほど,「物」の存在を視覚やだけでなく触覚,聴覚,嗅覚等他の感覚を使って感受する様子が見られた。これも「物」としての存在感が強い道具ならではの鑑賞方法であると言える。 団扇はどれも「扇ぐ」といった同様の機能を持ちながら素材や作りが異なることで異なる扇ぎ方を求められる。そこで,D中学校において素材や作りと言った物的要素を感受しそれを扇ぎ方を考える活動と関連付けた指導方法で実践を行ったところ,当該団扇に合った扱いをする様子が見られた。
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