研究課題
固体量子コンピュータデバイス候補であり、核スピンが希薄な系であるSi:Pの31P核に対し超低温・高磁場域における動的核偏極(DNP)を用いた核スピン信号の直接観測によるダイナミクス解明を目的とし、ESR/NMR二重磁気共鳴可能な共振器の開発を行った。ESR用の共振器として球面及び平面の2枚のミラー対で構成されるFabry-Perot型共振器をベースとし、平面ミラー側にNMR用コイルの設置を行った。ESR及びNMRを両立させる条件として128GHz近傍のミリ波は反射し139MHz近傍のラジオ波の透過が要求される。Skin depthが周波数に依存する事を用い、この条件を満たす金の膜厚選定を行った。常温で磁性を示す59Co及びテフロン片を用いた1H-NMR評価の結果、厚さ5μmのカプトンフィルム上に膜厚16nmの金薄膜が最適と判断した。金薄膜の直下にNMR遷移の励起・検出のためmeanderlineと呼ばれる平面型矩形コイルを設置し、RFコイルを限りなく試料に近づけた。NMRの感度評価としてコイルの導線幅及び間隔を変化させてコイル仕様を探索し、導線幅0.2mm, ターン数6, 間隔0.8mmの仕様が最適である事がわかった。開発した共振器を用いて超低温・高磁場域でのSi:PのESR測定を行い、超微細相互作用とクラスター線で分かれた既知の2つのESR共鳴線を観測した。高磁場側の共鳴線の全値幅に対し磁場変調を用いてミリ波を20分照射し、オーバー・ハウザー効果による核偏極が約83%得られた。核偏極後に220 mK、4.6T近傍においてENDORを行い、約139MHzにおいて核偏極の緩和を観測した。ENDORにより得られた遷移周波数をもとに90%程度の核偏極状態においてNMR測定を試み、31P-NMR信号を世界で初めて観測した。今後、NMRの直接観測による横緩和時間測定を実施する。
2: おおむね順調に進展している
平成30年度の研究計画(Ⅰ)では、超低温・高磁場領域(T≦0.3K・B>3T)でのDNP-NMR測定へ向けた平面型NMRコイルを用いたFabry-Perot型共振器の最適なAu膜厚の探索を行うことを挙げている。金薄膜のRF透過性を調べるために電気抵抗率測定を行ったところ、金のバルクは室温から低温で電気抵抗率が3桁程変化するのに対し、金薄膜の場合はおおよそ40%の変化量であった。実際に膜厚の異なる平面ミラーを製作し、膜厚や温度変化に伴う薄膜のラジオ波透過性の違いによるNMR信号強度の変化を調べたところ、低温で膜厚による信号強度の違いが顕著であることが判明し、適切な厚さがNMR周波数でのskin depthよりも1桁ほど薄いことがわかった。このことから市販のカプトンフィルムにスパッタする最適な膜厚として厚さ5μmのカプトンフィルム上に膜厚16nmの金薄膜が最適と判断した。研究計画(Ⅱ)では、31P核の直接観測に向けて平面型コイルの特性を調べ、NMR感度が最大となるコイルの設計開発を行うことを挙げている。NMR感度の向上を目指し、コイルの導線の幅及び間隔により最適なコイルパターンを探索した。その結果、導線の幅はNMR信号強度に影響を与えず、幅が太くなるにつれコイルに流れる電流量が増大する傾向にあることがわかった。1K以下の温度領域での使用を考慮し、熱流入の少ない導線幅の狭いもの(0.2mm)を採用した。また、導線幅0.2mmで固定しターン数の増加に伴うエコー強度の変化を調べた。結果6ターンでエコー強度が頭打ちし、コイルに流す電流量を大きくすると検出の面で干渉する事がわかった。これらの測定から、コイルパラメータとして導線幅0.2mm、ターン数6、間隔0.8mmが最適であると判断した。以上のことを踏まえ、計画通りにパラメータが得られていることから順調と判断した。
ESR/NMR二重磁気共鳴用共振器としての機能を持つ、Au製薄膜を用いた平面型NMRコイルを開発し、31P核のDNP-NMRによる直接観測が可能となった。このことから、設計指針として31P核のNMRによる直接観測によるスピンダイナミクス解明が可能であると示唆される。しかし、上記の直接観測結果ではS/Nが2桁得られない事がわかった。開発における各要素部分において、不明瞭な点が多いため、平面型コイルの感度評価を精密に行う必要がある。特に重要な点として、NMR測定感度を左右するのは試料とNMRコイルの距離であり、filling factorである。平成30年度の結果として常温及び低温における金薄膜及びカプトンフィルムの評価を実施した。さらに薄い膜厚のカプトンフィルム及び膜厚が可能かについて試験を行い、より膜厚を薄くする事を検討している。このため試料とNMRコイル間の距離が短くなり、測定感度が向上すると期待される。また、Si:P試料そのものへスパッタし、コイルパターンを試料上に作成することを現在検討している。金薄膜及びカプトンを介さないため、NMR感度向上が期待されるが、スパッタ条件やミリ波モードとの干渉について検討する必要がある。超低温領域における最適な膜厚評価を実施し、NMR感度としてスピン数を見積もり、NMRコイル設計の指標を論文としてまとめる。NMRを行う周波数は既にENDORにより139MHzと判明していることから、ワンショットで行っているNMRを積算するためDNP-NMRのシーケンス等を作成し、S/N向上を目指す。ワンショットNMRにより全ての核磁気の偏極状態が緩和するため、DNPにより核偏極状態を作り、NMRを行うサイクルの効率化検討を実施する。S/Nの向上したNMR測定から31P核のスピンダイナミクスの解明に取り組み、各種学会発表及び論文として報告する予定である。
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