研究課題
固体量子コンピュータデバイス候補である希薄ドープ半導体(以下Si:P)の実用化に向けた重要な課題は、量子ビットとして扱う31P核のスピンダイナミクスの情報を得ることである。初期化等の演算を行うためには31P核の磁気的な挙動を知る必要があるが、31P核が希薄なため核磁気共鳴(以下NMR)による直接観測例はなく未解明である。31Pの希薄さを克服する手法として、電子スピン共鳴(以下ESR)による動的核偏極(以下DNP)効果を用いたNMR測定(以下DNP-NMR)があり、DNPにより31P核スピンの『超偏極』状態を生じさせ、31Pの核磁化を相対的に増幅させることによりNMR信号の直接観測が容易となる。本研究ではDNP-NMRにより31P核のスピンダイナミクスを世界に先駆けて明らかにすることを目的とし、ESR/NMR二重磁気共鳴用共振器を開発した。Si:Pがデバイスとして機能する超低温・高周波領域にてAu製薄膜を用いたESR及び平面型コイルを用いた二重磁気共鳴用共振器を開発し、DNP効果を用いた31P-NMRを実施した。まず、130 GHz、220 mKにおいて熱平衡状態に比べ約83 %の核偏極させることに成功し、31P核スピンに対し電子-核二重共鳴(以下ENDOR)を行なった。139.02 MHzにおいて31P核スピンによる吸収により、核偏極状態の緩和が観測されたことから、NMRの周波数が明らかになった。DNP操作により31P核スピンが偏極した状態において、ENDORにて得られた31P核スピンの遷移周波数を用いてDNP-NMRを行なったところ、31P核スピンのエコー信号を世界で初めて直接観測した。
2: おおむね順調に進展している
本研究の目的はKaneによって提案されたSi:Pモデルを用いた量子コンピューティング実演に向けた、量子ビットである31P核スピン信号をDNP-NMR効果による直接観測を世界に先駆けて行い、31Pの核スピンダイナミクスを明らかにすることである。目的達成には次の3つの過程を経る必要がある。1)超低温・高磁場でのDNP-NMRへ向けた平面型NMRコイルを用いたFPRの最適なAu膜厚を探索する。2)31P-NMRの直接観測に向けて平面型コイルの特性を調べ、NMR感度が最大となるコイルの設計開発を行う。3)Si:P中の31P核スピン信号を直接観測し、スピンダイナミクスを解明する必要がある。現在の進捗状況として、Au製薄膜を用いた平面型コイルの開発により、3)31P核スピン信号の直接観測までを達成しているためおおむね順調に進展していると考えられる。しかしながら、得られた31P核スピンの信号が微弱なため、スピンダイナミクス解明には至っていない。これは平面型NMRコイルの感度向上や31P核スピンに対するパルス条件などの最適化により解決できる問題であると考えられる。
31P核スピンのスピンダイナミクスを解明するためには、次の3つの課題が挙げられる。1)DNP操作による核偏極度の向上。2)平面型NMRコイルの感度向上。3)31P核スピンに対するパルス条件などの最適化である。1)のDNP操作による核偏極度の向上では、これまで最大で約83%の核偏極に成功している。核偏極度を100%に近づけるには効率的なミリ波照射が必要であり、周波数または磁場変調速度や照射パワーなどのパラメータ選定を行う必要がある。2)の平面型NMRコイルの感度向上では、製作方法の変更によりコイル幅やコイル間隔等のパラメータの最適化が可能と考えられる。これまで樹脂上の銅を削り出すことによってNMRコイルを製作してきたが、製作機械の加工制約によってコイルパラメータが制限された。エッチングやレーザーリソグラフィ等の手法を用いることによって、より最適なコイルパラメータが得られると考えられる。3)のパルス条件等の最適化においては、1)及び2)の状況を踏まえて探索する必要がある。1回のNMR信号取得には、DNP操作及びESRによる測定等合わせ2時間程度が必要であった。DNP操作の効率化によりNMR信号取得までの短時間化が期待される。
本研究に関する講演及び議論を行う予定であった日本物理学会第75回年次大会がコロナウィルスの感染防止の観点より中止となった。当該研究結果を報告する研究会への参加は半期後を予定している。
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Physical Chemistry Chemical Physics
巻: 22 ページ: 10227~10237
10.1039/C9CP06859G