現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は電子スピンの流れ「スピン流」の基礎物理において、有機化合物のカイラリティによる電気的スピン整流(正効果)を究明するとともに、その逆効果を検証するものである。本研究の目的を達成するべく、電流を伴わないスピン流「純スピン流」に基づく実験系の構築に標準試料を用いて取り組んだ。現在は典型的なスピントロニクス実験であるスピンポンピングやスピンゼーベック測定を遂行できる段階に至っている。この意味で測定系の構築は完了したといえる。 一方、物質系の選択には改善の余地が残る。当初は、キラル分子との共蒸着によりスピン軌道相互作用の小さな金属であるCuにキラリティを付与できると期待したが、有望な測定データは得られていない。問題の本質は、キラル分子のHOMO準位とCuのフェルミ準位との不一致が大きすぎるため、キラル分子のキラリティを担う波動関数とフェルミ準位近傍のそれとの混成が小さすぎることだと研究代表者は推察している。 上記の問題は当初予期しておらず、適当な物質の選定・設計を再考する必要があった。解決策として、研究代表者はカチオンラジカルを有する分子性イオン結晶の作製に取り組んだ。具体的には、(TM-BEDT-TTF)9(Mo6O19)5の薄膜結晶を作製した。TM-BEDT-TTFはキラリティを付与することが可能であり、(R,R,R,R)と(S,S,S,S)とに作り分け可能である。本化合物は電気伝導性を担うカチオンラジカルにキラル分子を用いることで結晶にキラリティを導入できる数少ない例である。研究代表者はTM-BEDT-TTFおよび(TBA)2(Mo6O19)5を原料として電気化学的に合成することで本化合物の単結晶育成に取り組んでおり、すでに平坦な表面を有する薄膜の作製に成功している。本化合物の単結晶化および薄膜化は世界に先駆けるものである。
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