研究課題/領域番号 |
19K21054
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配分区分 | 基金 |
研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
小林 翔悟 東京理科大学, 理学部第一部物理学科, 助教 (80822999)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ブラックホール / X線 / 超高光度X線源 |
研究実績の概要 |
本研究課題では、未発見である中間質量 (100-1000太陽質量) ブラックホールの有力候補である、超高光度X線源 (ULX) の放射機構を、X線スペクトル解析および電波による周辺のガス密度の測定から明らかにする。研究代表者はこれまで、近傍銀河に付随する3つのULXについて、観測データを足し合わせて高統計なX線スペクトルを作成する「スタッキング解析」を実施し、降着系では普遍的に見られるはずの鉄の蛍光輝線が、他の連星系を成すものと比べて異常に弱いことから、ULXが星間ガスを直接降着する孤立ブラックホールであるという仮説を提唱してきた。これに関して、昨年度から継続して行ってきたその他の解析結果も合わせて論文にとりまとめて王立天文学会月報に投稿し、本年度の中頃に論文が掲載された。 上記に加えて代表者は、X線強度の変化を用いた新たな解析手法を代表的なULXであるNGC 1313 X-1に取り入れることで、滑らかで特徴に乏しいX線スペクトル中に、安定で時間的に変化しない放射成分が「埋もれている」ことを発見し、そのスペクトル形状が降着円盤からの黒体放射に酷似していることをこれまで突き止めている。本年度では、これまで解析および発表を行ってきたULXであるNGC 1313 X-1に加えて、別のULXであるNGC 1313 X-2に対しても同じ手法で解析を実施し、この埋もれた降着円盤状の成分がULXに普遍的に存在するかの検証を行い、得られた結果について国際会議で講演した。一方で、これまでX-1およびX-2の中心天体はブラックホールという作業仮説の下、研究を遂行していたが、本年度の中頃に検証に用いていたX-1が中性子星であることが新たに判明した。この新発見を受けて、これまでの結果を今後精査する余地が新たにでてきた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究課題は、中間質量ブラックホールの有力候補である超高光度X線源(ULX)の放射機構を明らかにすることを目的としており、主に2つのアプローチを用いてこれを達成しようとしている。その内のひとつは、活動銀河核の研究で確立している手法を応用したもので、X線強度の時間変化を利用し、X線スペクトルを構成する複数の放射成分の内ひとつの形状に制限を与えることで、放射モデルにおける長年の縮退を解く。 本年度は、これまで解析し研究会で発表してきたULX NGC 1313 X-1での成果を論文に取りまとめつつ、計画通り別のULXであるNGC 1313 X-2のX線データを同様の手法を用いて解析し、X-1で得られた結果が他天体でも同様に得られるか、またX-1で得た解釈がX-2にも拡張できるかの検証を行っていた。しかし、この検証を行っている最中に、X-2の中心天体が実はブラックホールではなく、中性子星であるという新事実が、最新のX線観測データから他の研究チームによって明らかにされた。 ULXの一部は中性子星であることは既知であるため、この発見自体は特に珍しいことではない。しかし、本研究課題は「X-1およびX-2はブラックホールである」という作業仮説の下に進行する予定であり、この予想外の発見によってその前提が崩れたため、後の研究計画を見直さざるを得なくなった。またX-1の中心天体については依然として正体不明であるが、X-2が中性子星と分かった以上、これまで発表してきたX-1での研究結果についても精査する余地が出てきた。このため本研究課題は、当初の計画よりもやや遅れて進行している。ただしこの新発見は、決して本研究課題の目的の達成を困難にするものではなく、次項で述べるように、むしろ本研究の手法における系統誤差を小さくする重要な情報源であり、本研究課題にとって肯定的なものである。
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今後の研究の推進方策 |
ULX NGC 1313 X-1のX線スペクトル中には、時間で劇的に変動する成分に紛れて、時間的に変化せず安定な降着円盤と解釈できる放射成分が埋もれていることが、これまでの研究から分かってきた。この円盤成分は、時間的に安定であることから、中心天体の周辺に形成された幾何学的に薄く光学的に厚い円盤からの放射で、その内縁半径は、より内側に形成されると考えられている放射圧が優勢で幾何学的に膨らんだ降着流との境目と考えられる。X線の全光度と、この「降着流の変わり目」までの半径は、理論的には中心天体の質量と質量降着率で決まると考えられている。よって観測的にこの円盤成分の半径と全光度を測定することで、長らく不明であった中心天体の質量を推定することができる。しかし、この推定方法は、質量が既知な天体に対して用いられたことが無いため、これで得られた質量の絶対値には、どうしても系統誤差が残ってしまう。 先述したように、同様な円盤成分の存在が期待されているULX NGC 1313 X-2の正体が、中性子星であると新たに判明した。中性子星の質量は典型的に~1.4太陽質量であると分かっており、上限値でも2太陽質量程度とブラックホールに比べて質量の幅が小さい。よってこのX-2での新発見によって、上述した質量推定法を質量が既知の天体で「較正」することができるようになった。今後は、X-2を中性子星としたときに、X-1がどの程度の質量と見積もられるかを調べる。また新たに公開されたXMM-Newton衛星やNICERによるX-1およびX-2の長時間観測データを新たに解析し、中心光度が変化した場合でもこの関係が保たれるか検証し、本研究課題で編み出した質量推定法を補強し、昨年度からより精査された成果として論文に取りまとめて発表する。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究進捗でも述べたように、研究課題で対象としていた天体の正体が中性子星であることが本年度の途中で新たに判明したため、研究計画を急遽変更せざるを得なくなった。またこれまで公演してきた研究結果についても、対象天体がブラックホールであることを前提に議論を進めてきたため、中性子星であるという新事実を考慮に入れた上で、再び精査する必要が出てきた。このため今年度に研究費を使用して発表を検討していた論文や講演についても、一旦見送る必要が出てしまった。ただし、この新発見はこの研究課題の遂行を困難にするものでは決してない。これまで中心天体が不明であったが故に存在していた系統誤差を排除し、研究成果をより強固にできる余地を生んだという意味で、肯定的なものであると考えている。よって次年度では、使用できなかった助成金を利用し、より解析と議論の精度を上げ、本年度で行う計画であった論文の投稿と、学会講演を行っていく予定である。
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