わが国では過労死の増加など、社会的ストレスによるうつ病が社会的問題となっており、学術的支援が必要とされている。うつ病の仮説として、患者の脳でセロトニンの機能が低下しているとされるセロトニン仮説が有力である。セロトニンを標的とした抗うつ剤で一定の効果が得られているが、抗うつ剤を十分な期間服用しても改善が見られない症例も報告されており、病態の理解や新薬の開発が望まれている。その他の発症仮説のひとつに、ミクログリア仮説がある。神経炎症に関わるグリア細胞のうち、特に炎症応答への寄与が大きいミクログリアは、シナプスにコンタクトし神経回路の可塑性や行動を調節している。 本研究ではヒトのストレスに近似しているとされている社会的敗北ストレスモデルマウスを用い、脳で炎症応答を担うと考えられているミクログリアとうつ病の関係の解明を目指した。大型で攻撃性の高いマウスに暴露し慢性的にストレスを与えるResident-Intruder Paradigm を用いてモデルマウスを作出した。1日10分間の身体的ストレス及び24時間の精神的ストレスを与えることで、社会的忌避行動や強制水泳試験での無動時間の延長等のうつ様行動を示すモデルマウスが作出できることを確認した。その後免疫染色と画像解析を行い、社会的敗北ストレスに暴露したマウスで海馬CA1領域のミクログリアの空間分布密度が増加し、突起の短縮や分岐の減少などの形態学的変化が生じることを明らかにした。さらに抗炎症が報告されている植物由来エストロゲン類縁体ゲニステインを投与したところ、社会的敗北ストレスによるうつ様行動やミクログリアの変化の一部に改善がみられた。今後は、ミクログリアと神経とのコンタクトの変化を解析し、うつ病におけるミクログリアの神経系への影響を明らかにすることを目指す。本研究は、うつ病の理解や新たな治療薬の開発に繋がる可能性がある。
|