対人関係にストレスを感じている労働者は多い。一方で、職場で感謝されたり褒められたりすることで対人関係が円滑になるに留まらず、モチベーション維持やパフォーマンス向上に繋がると報告されている。本研究は、職場の対人関係の中で感謝されたり褒められたりした際の前頭前野の脳活動を定量化することを目的とした。計測には22チャンネルの近赤外線分光法(NIRS: near-infrared spectroscopy)装置を用いた。 平成30年度に実験計画を策定し、倫理委員会で承認を得た。平成31年(令和元年)度に被験者を募集し、実験を遂行した。被験者は10組20名の右利きの健常成人労働者であった。被験者には実験の一週間前に、組になった相手に対して感謝を感じた出来事や長所を褒める手紙を書くよう指示した。実験では2名1組が向かい合って座り、手紙を読む役と聞き役とを交互に担当した。手紙と対照となる刺激として、天気や日時に関する中立的な台詞も用意した。相手から事前に用意された手紙(もしくは中立的な台詞)を聞いた際の酸素化ヘモグロビン(oxyHb)の濃度変化を測定した。また、質問票によって実験前後の気分の変化も測定した。 OxyHbの濃度変化を反復測定分散分析によって解析した結果、感謝・褒めの手紙を読み上げられた際の方が対照刺激と比べ、一部のチャンネルで統計学的に有意に大きかった。さらに実験の前後で、怒り-敵意など5種のネガティブな気分が統計学的に有意に減少していた。令和2年度には成果をまとめて学会で発表した他、国際学術誌で論文を発表した。 本研究は、職場での感謝や褒めが労働者に与える影響を生理学的な観点から検討する第一歩となることを目指した。令和2年度に獲得した若手研究では、本研究を発展させ、職場で感謝を表明し合うことが労働者の心身の健康の維持増進に繋がるのではないかという問いを明らかにしていく。
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