運動などの身体活動/不活動が多臓器に恩恵効果をもたらすことはよく知られているが,その分子機構について不明な点が多く残されている.我々はこれまでの研究から,脂肪組織量は,不安様行動及び海馬の不安マーカー分子である神経型一酸化窒素合成酵素 (nNOS) 発現量と正相関することを報告した.この知見から,脂肪組織自体が不安様行動に何らかの負の影響を与えていると想定され,運動や肥満による脂肪組織の量的・質的な変化が,心の健康をコントロールしているという仮説の着想に至った.本研究では,運動により鍛えられた脂肪組織の移植技術を用い,脂肪組織の運動への適応が,うつ・不安様行動に及ぼす影響を直接的に評価することを目的とした. 本年度は,前年度に確立した脂肪組織移植技術を用いて,運動トレーニングマウスの脂肪組織の移植がうつ・不安様行動に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした.11日間の運動を負荷したマウスから採取した皮下白色脂肪組織を,週齢をマッチさせた無処置のマウスに移植し,強制水泳試験及び高架式十字迷路試験により,うつ・不安様行動を評価した.11日間の運動マウスから採取した皮下白色脂肪ではUCP1発現が顕著に増加しており,脂肪組織の運動適応が観察された.これらの運動脂肪を移植したマウスでは,偽手術群及び非運動脂肪移植群と比較して,体重,脂肪重量,耐糖能に大きな変化を伴わず,うつ及び不安様行動の有意な減少が認められた.これらの結果は,運動による減量効果や耐糖能の改善だけではなく,脂肪組織における運動適応そのものが気分調節に関与していることを示唆している.今後の研究では,運動適応後の脂肪組織がどのような機序で中枢に作用し,行動に影響を及ぼしているのか,その分子機序の解明を目指す.
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