研究課題/領域番号 |
19K21593
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
飯島 香奈絵 (安藤香奈絵) 首都大学東京, 理学研究科, 准教授 (40632500)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2022-03-31
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キーワード | aging / brain / glucose / mitochondria / glycolysis / Drosophila / dietary restriction / memory |
研究実績の概要 |
記憶力など認知機能は加齢によって低下し、超高齢化を迎えるわが国ではその対策が求められている。加齢のプロセスと記憶形成の分子メカニズムはともに種を超えて保存され、脳の学習・記憶機能の低下も加齢の早い段階でみられる。しかし、加齢に伴うどのような変化が記憶力低下の引き金となるのかについては不明である。申請者は、「脳の神経細胞におけるグルコース代謝の減少が、加齢に伴う脳機能低下の引き金である」という仮説を導き出した。本研究では、この仮説をショウジョウバエを用いて検討し、さらに、アンチエイジングとして注目されるカロリー制限について、脳神経細胞における糖代謝と認知機能への影響を調べることを目的とした。 これまでに申請者らは、加齢によって脳神経細胞内のATPが低下することを見出している。この原因を探るため、脳内の糖の量、糖取り込み、解糖系、ミトコンドリアの変化を調べたところ、加齢に伴い頭部での糖の量が減少し、神経細胞への糖の取り込みを担うdGlut1と解糖系酵素の発現が低下し、神経細胞内で異常なミトコンドリアが増加していた。神経細胞への糖取り込みを増加させるためGlutを神経細胞に過剰発現すると、このATP低下は抑制された。また、老化によって運動能力が低下するが、Glutを神経細胞に過剰発現した個体では運動能力が維持されていたことから、ATPの低下が脳機能の低下に関わることが示唆された。 また、神経細胞の糖取り込み促進と、抗老化作用が知られているカロリー制限との、老化における関係を調べた。Glutの神経細胞での過剰発現により寿命が延長し、この効果は、カロリー制限によってさらに促進されることを見出した。カロリー制限と神経細胞の糖取り込み促進の組み合わせにより、さらなる抗老化効果が得られることがわかった。これらの結果を論文にまとめ、投稿した(iScienceで査読中)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
実験計画は以下の通りであった。 目的1. 加齢依存的な脳機能低下の原因となる代謝経路は何か。 目的2. 神経細胞内ATP減少の抑制によって加齢依存的な記憶力低下が予防できるか。 目的3. 加齢依存的な記憶力低下と脳糖代謝変化にカロリー制限はどう影響するか。 2019年度には目的1が大きく進展した。ミトコンドリアはATP産生の多くを担い、その変化は加齢に大きく関わると考えられている。電子顕微鏡解析によって神経細胞内のミトコンドリアの数と形態を観察したところ、異常なミトコンドリアの割合が加齢により増加しており、それがATP量の低下に貢献した可能性がある。また、解糖系の酵素の発現も加齢により低下していた。解糖系の律速酵素Pfkのノックダウンにより若齢から解糖系を阻害したショウジョウバエの脳では、加齢によるATPのさらなる低下は見られなかったことから、加齢によるATP量の低下には、解糖系が大きく関わっていることが示唆された。 また、加齢による神経細胞内のATP低下を、糖の取り込み促進により抑制できることがわかった。Glutの過剰発現によりグルコースの取り込みを促進した神経細胞では、ATP量は維持されていたが、この異常ミトコンドリアの割合は改善されていなかった。これより、グルコースの取り込みを促進すれば、ミトコンドリアの老化があっても、ATPを維持できることがわかった。また、目的3に関しても、カロリー制限と神経細胞でのグルコース取り込みを組み合わせてその効果を調べた。寿命を調べたところ、寿命の延長について相乗的な効果があることがわかった。
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今後の研究の推進方策 |
ほぼ計画に沿って、神経細胞での糖取り込み増加がATP減少を抑制する分子メカニズムと、その脳老化における役割を調べる。 目的1については、代謝経路の変化やそれらの糖取り込み促進による変化を網羅的に明らかにするため、メタボローム解析を行う。加齢による変化、Glutの神経細胞への過剰発現による変化、また食事制限による変化も加えて、それらを重ね合わせることで、脳のメタボローム変化の中から老化に関わる経路の候補を同定する。 目的2と3の一部の記憶力低下の解析については、パブロフ型条件付けの設備が揃ったため、実験を開始する。行動実験にあたり、感覚や運動能力など、記憶以外で結果に影響しうる要素に変化がないことを調べる必要がある。Glutの神経細胞での過剰発現は、加齢による変化が見られる羽化後一週間ほどでは、運動能力に影響を与えず、また脳の構造にも異常はない。一方、カロリー制限を行うと、運動が過剰になり、その傾向は加齢に伴って増加した。この行動変化が、パブロフ型条件付けでの記憶実験の上で問題となる可能性が考えられるので、注意深く条件検討を行う。
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