脳の高次機能は加齢により低下するが、その分子メカニズムはよくわかっていない。加齢に伴う脳の変化のひとつに細胞内エネルギー恒常性の変化がある。食餌のカロリー制限やインスリン経路の阻害が寿命を伸ばすことはよく知られているが、加齢により血流による脳への糖の供給は低下し、また糖代謝に関わる酵素やミトコンドリアの活性も低下する。本課題では、脳の神経細胞における糖代謝の減少が、加齢に伴う脳機能低下を引き起こすという仮説を検討した。ショウジョウバエは優れた遺伝学的モデルとして、老化、学習・記憶、ヒト疾患など多くの研究に用いられてきた。本研究ではこの系を用いて、脳の老化の分子メカニズムの解明を目指した。これまでの期間に申請者らは、学習に関わるキノコ体の脳神経細胞でATPが加齢に伴い減少すること、また神経細胞にグルコーストランスポーターを発現させることでグルコース取り込みを増加させると、加齢依存的な神経細胞のATP減少を抑制できることを見出した。これらの個体では、脳機能が維持され、寿命が延伸していた。とくにカロリー制限下では、神経細胞でのグルコース取り込み促進により、さらなる寿命の延伸が起きたことから、食餌制限と相乗的に抗老化効果があることがわかった。2021年度は、グルコース取り込み促進が神経変性疾患に対しても抑制効果があるかを調べた。老年性認知症の原因となる疾患の多くでは、微小管結合タンパク質タウが蓄積し、神経細胞死の原因となる。ヒトのタウを発現させたショウジョウバエ視細胞にグルコーストランスポーターを発現させると、神経細胞死が抑制された。しかしタウの蓄積や病態は変化しておらず、毒性のあるタウに対して神経細胞の耐性が増加していると考えられた。これらより、脳での糖代謝促進によって、健康寿命が延伸できる可能性が示唆された。
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