本年度は主に以下の三点について研究を進めた。第一に、精神医学においてしばしば問題となる、医学的問題と道徳的問題の線引きに関して、パーソナリティ障害を具体例として考察し、パーソナリティ障害は道徳的問題であると同時に医学的問題であると考えるのが妥当だが、たんなる道徳的問題とパーソナリティ障害を区別することは困難であるということを明らかにした。その成果は、第118回日本精神神経学会で「パーソナリティ障害における線引き問題」として発表された。 第二に、精神医学の理論的基礎を考える上で重要となる生物学や心理学といったレベル間の関係について検討し、千葉大学の秋葉剛史氏および神戸大学の森田紘平氏を講演者とする研究会などを開催した。検討の結果、精神医学に関連する諸科学の関係を理解するには、現代の自然主義、とくに機能主義的な見方がもっとも有望であり、いわゆる創発主義には問題があることが明らかとなった。その成果の一部は、論文"The Evolutionary Origins of Consciousness"および共著『認知科学講座2 心と脳』として公刊されている。 第三に、精神医学における近年注目すべき動向として、計算論的精神医学に着目し、国立精神・神経医療研究センターの山下祐一氏を講演者とする研究会や読書会などを開催した。その結果、人工知能研究の進展によってさまざまな有望な計算論的アプローチが登場している反面、それらの相互関係や統一的な理解の可能性についてはさらなる検討が必要であることが明らかとなった。その成果は今後論文などの形で公刊を予定している。
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