研究課題/領域番号 |
19K21703
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
金子 守 筑波大学, システム情報系, 名誉教授 (40114061)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2024-03-31
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キーワード | 限定的理性 / 公共部門 / 費用分担 / 計算機プログラム / 熟議 / 多数決ルール / 少数派保護 |
研究実績の概要 |
初期の計画では、市町村などの公共領域での多数決ルールと少数派の保護、そして熟議的意思決定の研究が目的であった。しかし、現在の世界では、弱小国・少数民族などに対しての強大な国々の侵略・圧制などが蔓延し、弱小国・少数民族の独立性が強く脅かされている。少数派の保護は、もはや、個人レベルや市町村レべルのだけでなく国単位で考察せざるを得なくなった。そして、国々に跨った問題調整などを考察する必要性が出てきた。2020年度からはその問題を集中的に研究してきた。それらを世界の平等性と民主的運営の立場から論文にまとめた。それまで「世界政府論」を考えてきたが、「世界連邦政府論」に発展させ、論文としてまとめた。 世界連邦政府は日常的な社会・経済運営に関しては国家主権を認める。しかしまた、各国家内の少数派が虐待・差別されている場合、世界連邦政府は国家内の問題に介入する権利を持つとする。少数派の保護は、世界連邦政府が各国家の実質的運営の制約として課するのである。2022年度は、この主権の侵害や少数派の虐待・差別などがどのようにして起きるかを広範な視野から明確化する作業を行った。 「世界政府論」が世界運営を行うとするのはあまりに無理があることが理解できる。これを明確にするため、2021-22年度には「セント・ぺテルスブルグ・パラドックス」を市場モデルとして定式化して、どのような意味でパラドックスであるかを研究した。更に、ゲーム理論での後方帰納法のパラドックスを「百足ゲーム」の中で議論した。このパラドックスの解法にも近づきつつある。このような限定合理性の研究により、「世界連邦政府論」における国家の在り方や、小さな国々の独立性は「世界連邦政府論」から統一的に議論できることを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
コロナ禍で自宅での研究時間が増えため本研究課題をより基礎から、また広範に見直そうと考え、世界連邦に関しての考察をまとめ、「世界連邦政府論」に到達した。また、「研究実績の概要」に記載した2020年に出版した論文の応用として、限定合理性を考え直した。限定合理性は人間達の言語を通しての熟議を明確にするためにも重要である。限定合理性が直接的に出現する問題として、「セント・ぺテルスブルグ・パラドックス」を2021年度から研究し、2022年度はこの論文の一応の完成に達した。また、複数人の参加者がいる「百足ゲーム」に上記論文を応用し、研究を進めた。 このような限定合理性を、公共部門における市町村の共同組合の費用分担を少数派保護のルールを入れた多数決状況に応用することを計画したが、さらに、国家内での差別、国家間での侵略・虐殺などの問題にも応用・考察を進めた。 この考察のためにも、「セント・ぺテルスブルグ・パラドックス」と「百足ゲーム・パラドックス」の限定合理性の立場からの解決がどうしても必要になり、そのための理論と計算機シミュレーション研究を始めた。また効用測定や費用分担方式の数学的表現が参加者達の熟議対象となり、それの定量的研究のために計算機シミュレーション研究が必要となる。よい広範な問題(少数派保護制約のついた多数決決定など)に応用可能な計算機プログラムを2022年度中は作成できた。上記計算機プログラムは、「セント・ぺテルスブルグ・パラドックス」や「百足ゲーム・パラドックス」の解法だけでなく、「ブラックスワン」のような発生確率は小さいが、起きた場合のダメージが大きな現象の理解やそれからの防御手段の研究にも役立つ。
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今後の研究の推進方策 |
本研究計画の遂行のため、「セント・ぺテルスブルグ・パラドックス」及び「百足ゲーム・パラドックス」の限定合理性からの考察が必要となった。前者と後者の理論的研究と計算機シミュレーションの計算機プログラムの構成を2021~22年度中に行っていた。上記研究を、公共部門における費用分担問題の参加者達(市町村)の熟議による多数決交渉に応用する計画である。その多数決ルールには少数派保護制約が組み込まれており、そのルールの複雑性と交渉結果を限定合理性の立場から研究する。また、虐待や少数派保護などに関してのデータの収集や、それが限定合理性とどのように関連するかを研究する。そのため、熟議交渉に使われる数学的言語を明確にする必要がある。 多数決ルールに制約条件を設けることは、「世界連邦政府」の政治的運営にも役に立つはずである。例えば、「世界連邦政府」には国連の安全保障委員会に対応する意思決定機関が必要である。そこではある種の多数決ルールが必要となるが、現在は各常任理事国が拒否権を持つが、現在、それが大きな問題となっている。このような問題を考察するため、「現在までの進捗状況」欄で述べた計算機プログラムが必要になる。このプログラムにより、多くの具体例が考察可能になり、当初の研究計画を遂行させることができる。例えば、参加者の認識的立場から、もっとも費用分担形式の複雑性を議論し、熟議の難しさの尺度を研究できる。費用分担形式の簡易さは熟議の必要条件とも言える。このような研究によって、本研究計画は当初の目的が達成される。このような熟議の研究は、国際間の調整にも役立つ。
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次年度使用額が生じた理由 |
2022年7月16日~7月22日に、オーストラリアで開催されたSAET Conferenceに出席し、当該研究課題に関する "New Developments in Epistemic Logics: Foundations and Applications" について発表を行った。オーストラリアまでの旅費を当該助成金から支出する予定であったが、SAET学会事務局から旅費の一部について支援があったため、次年度使用額が生じた。 2023年度は、国内で研究会を開催する予定であり、25万円を旅費、謝金に使用し、残りを研究資料(書籍)等の消耗品に使用する。
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