研究課題/領域番号 |
19K21843
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
井手上 敏也 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 助教 (90757014)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2021-03-31
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キーワード | 異常光電流効果 / シフトカレント / ファンデルワールス結晶 / ファンデルワールスヘテロ界面 / 空間反転対称性の破れ |
研究実績の概要 |
異なる対称性を持ったファンデアワールス結晶のヘテロ界面に着目して、従来の半導体p-n接合を必要としない、空間反転対称性が破れた物質が固有に示すゼロバイアス下光電流効果である、異常光電流効果の研究に取り組んだ。特に、3回対称性を有する遷移金属ダイカルコゲナイドWSe2と2回対称結晶である黒リンのヘテロ界面において、異常光電流効果が生じることを発見し、その詳細な振る舞いを明らかにした。 WSe2の鏡像面と黒リンの鏡像面が平行になるように積層したヘテロ界面では、その鏡像面に平行な方向に巨大な異常光電流効果が観測され、鏡像面に垂直な方向にはほとんど光電流応答が生じないことが分かった。このことは、ヘテロ界面を作製することで鏡像面方向に分極が生じて、それに起因する異常光電流効果が生じるようになったと解釈することができる。また、入射光の直線偏光の方位依存性を調べ、観測された異常光電流効果が、光電場が鏡像面に垂直な場合と鏡像面に平行な場合で、符号は同一であるが大きさが異なるような、異方的な振る舞いを示すことを見出した。光電場が鏡像面に垂直な場合と鏡像面に平行な場合で、異常光電流効果の符号が変化しないことは、観測された異常光電流効果が遷移金属ダイカルコゲナイドの3回対称性だけでは説明できず、ヘテロ界面を作製して初めて生じる分極の寄与が必須であることを示唆している。実際、WSe2や黒リンのみのデバイスでは、上述したような異常光電流効果は生じないことが確認された。 さらに、WSe2の鏡像面と黒リンの鏡像面が平行にならない、捻って積層した界面も作製し、異常光電流効果の振る舞いを調べ、捻り積層角度によって、光電流効果の向きや大きさが大きく変調されることを発見した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究の成果である、異なる対称性を持ったファンデアワールス結晶ヘテロ界面における異常光電流効果の発見は、ファンデアワールス結晶の特徴を上手く生かした、新規物性開拓の重要な知見の一つになると期待される。 ファンデアワールス結晶ヘテロ界面の研究は、これまで、各々の物質のスピンや電荷を平均化して考えることができるような、界面におけるスピンやポテンシャルの差異のみに起因した物性に主に注目が集まっていた。しかしながら、ファンデアワールス結晶は、格子定数や対称性の異なる二つの物質を自由に組み合わせて、任意の順番や角度で積層させることができるという特徴を持っている。本研究では、界面の対称性に着目して、上述した特徴を物性開拓に上手く生かすことで、従来とは異なる新しい機能性を創出できる可能性を見出した。 異なる対称性を持つファンデアワールス結晶のヘテロ界面を作製することで、分極に起因すると考えられる異常光電流効果が生じ、さらにその大きさや方位を捻り積層角度によって制御できる、という物性開拓の指針は、非常にシンプルであり、様々なファンデアワールス結晶ヘテロ界面に適用できるだけでなく、電荷輸送に限らず多種多様な固体中の素励起の機能性開拓に応用できると期待される。 また、ファンデアワールス結晶ヘテロ界面は、一般には並進対称性が破れている非周期系であり、電子状態をはじめとする物性を考えるのが難しい物質系であるが、そのような非周期系においても、本質的な対称性に着目することで物性開拓が可能であることを示したという点でも、大きな意義のある成果であると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
異なる対称性を持ったファンデアワールス結晶ヘテロ界面における異常光電流効果の研究を進め、微視的な機構の解明に取り組む。特に異常光電流効果の波長依存性を詳細に調べることにより、界面において実現している電子状態に関して知見を深め、電子バンドの幾何学的性質と分極や異常光電流効果との関連性を明らかにする。また、2次元励起子といった、ファンデアワールス結晶ヘテロ界面において実現している様々な素励起と異常光電流効果との関係に関しても、実験と考察を深める。 加えて、本年度に取り組んだWSe2と黒リンの界面以外にも、類似の対称性が実現していると期待できる界面や新しい対称性を持つヘテロ界面を作製して異常光電流効果を観測し、発見した物性開拓指針の普遍性を検証する。 さらに、異常光電流効果研究で得られた知見を、ヘテロ界面における素励起の輸送現象に広く適応・拡張し、2次元ファンデアワールス結晶ヘテロ界面における非電荷素励起の新規機能性開拓にも挑戦する。
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