研究課題/領域番号 |
19K21849
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
中 暢子 京都大学, 理学研究科, 准教授 (10292830)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2021-03-31
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キーワード | 非線形分光 |
研究実績の概要 |
第二高調波発生をはじめとする非線形光学過程は、広く科学分野で利用されている。その代表例は、赤外光から可視光への波長変換、生体組織の観測のための二光子顕微鏡、グラフェンや単一原子層物質で注目される高次高調波発生などである。非線形光学効果は入射光の強度に対してべき乗の強い依存性を示すため、一般論からいうと、その効果を顕在化させるには高強度の光が必要である。そのため、非線形分光には尖頭値の大きな超短パルス光(広いエネルギー分布を持つ)を用いるのが常識であり、マイクロ~ナノ電子ボルトという超高精度測定が必要となる半導体の精密分光に適用されることはこれまでなかった。 本研究では、大型の超短パルスレーザー装置に代え、汎用性の高い擬似定常(高繰り返しパルス)の白色コヒーレント光源を精密分光に用いる。非線形光学信号を超高精度でスペクトル分解するというこれまでの常識を大きく転換する発想にもとづき、革新的な非線形分光手法を確立することに挑戦する。本研究により、従来手法に比して格段の分解能の向上と光学禁制状態の可視化が見込まれ、光励起状態の理解における新たなブレークスルーが期待できる。 本年度は、モデル物質として提案した半導体Cu2Oを近赤外光で励起し、その高調波信号を可視光域で分光することで、信号光発生の機構を解明するための実験を行い、新たな知見を得た。また、同じ手法を新興物質である遷移金属ダイカルコゲナイドに適用するための実験を開始した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究設備として、擬似定常白色コヒーレント光源を新規購入し、申請者が既に有する高分解分光システム(1.5 m分光器、微細ピクセル検出器)と融合して新たな装置を構築する準備が整った。研究室所属の大学院生の協力のもと、実験と解析を進め、研究は順調に進展している。専門的な研究項目としては以下を行った。 1)これまでに擬似定常白色コヒーレント光照射のもとで非線形信号が得られている酸化物半導体Cu2Oを対象として、観測される非線形信号の入射光強度依存性を測定し、光源のスペクトルフィルタリングを行って励起波長範囲の影響を詳しく調べた。この結果から、非線形信号には、第二高調波と第三高調波だけではなく、和周波やハイパーラマン過程等の複数の過程が含まれることを明らかにした。これらを分離するには、さらに狭い波長範囲でのスペクトルフィルタリングが必要であるが、逆に、光源にある程度のスペクトル幅をもたせて励起すると、偶奇の異なるパリティの電子励起状態を一度に観測するには有用であり、これまでにはないユニークな分光法として活用できることが分かった。 2)擬似定常白色コヒーレント光源からの近赤外光成分を用いて励起し、その第二高調波信号を可視光域で分光することで、遷移金属ダイカルコゲナイドの原子層薄膜のエネルギーギャップや励起子束縛エネルギー、励起状態の微細構造等、未解明の基礎光学特性を精査するための実験を開始した。 以上の成果について学会での発表も順調に行っている。
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今後の研究の推進方策 |
擬似定常白色コヒーレント光源の納入は新型コロナウイルス感染拡大の影響で3月になったため、令和2年度は、新光源を整備しスペクトル制御系の構築を行うことから実験を開始する。 励起光および非線形信号の偏光状態の制御および観測を行い、起源の異なる非線形信号の切り分けを行うことを検討する。また、昨年度は近赤外から可視光領域で開発してきた本手法を、より短波長領域へと拡張することを行う。具体的には、以下の研究項目に取り組む。 1)新光源のスペクトルフィルタリングの高度化と偏光分離を行うことで、Cu2Oにおける非線形信号の起源の切り分けができることを実証する。また、遷移金属ダイカルコゲナイドの原子層薄膜におけるエネルギーギャップ、励起子束縛エネルギー、励起状態の微細構造などについても実験を進め、未解明の基礎光学特性を精査する。 2)青色光で励起し、その高調波信号の深紫外分光を行うことにより、次世代省エネルギー材料として注目されるワイドギャップ半導体の光特性を解明する。検出システムに対物レンズを導入して高感度顕微分光を可能にする。吸収過程を通して存在がごく最近明らかになってきたが従来の発光分光法では未観測の、間接遷移型半導体ダイヤモンドにおけるリュードベリ励起子状態を、非線形信号を手掛かりとして実験的に明らかにする。 3) 市販レーザー(光パラメトリック発振器)の最短波長(210 nm)では光励起できないような、さらに高いエネルギーギャップを持つことで注目される透明基板物質(六方晶窒化ボロンなど)への、本手法の適用可能性を吟味する。
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