研究課題/領域番号 |
19K21858
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
望月 維人 早稲田大学, 理工学術院, 教授 (80450419)
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研究分担者 |
勝藤 拓郎 早稲田大学, 理工学術院, 教授 (00272386)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2022-03-31
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キーワード | 熱体積効果 / 磁気体積効果 / スピン-格子結合 / 強相関電子系 / モリブデン酸化物 / 軌道自由度 / 負熱膨張 / 多軌道d-pモデル |
研究実績の概要 |
本研究は、磁性と結晶格子、軌道自由度の結合に由来する劇的な熱体積効果を持つ物質を理論的に設計し、物質合成および物性測定を行う共同研究者との連携により新奇物質の開拓と機能の向上を目指す。2020年度は、軌道自由度を持つ強相関電子系であるいくつかの遷移金属化合物において、遷移金属イオンのd軌道とd電子スピン・電荷の自由度の結合および相互作用を微視的に記述する理論模型を、電子構造や結晶構造に関する知見を援用して構築し、この数理モデルをモンテカルロ法などの数理統計的な手法を用いて解析して研究を進めた。そして、この理論研究で得られた知見を共同研究者の実験にフィードバックを掛けることですることで、いくつかの発見を達成した。具体的は、4d電子を持つモリブデン(Mo)イオンを含む酸化化合物La5Mo4O16を対象に、Moイオンの縮退した4d軌道と4d電子のスピンと電荷、さらに酸素イオンの縮退した2p軌道をフルに考慮し、これらの自由度の結合や相互作用を記述する微視的なモデル(多軌道d-pモデル)を、この物質の電子構造及び結晶構造を考慮して構築した。このモデルを、非制限ハートリーフォック法で解析することで、「負熱膨張現象」の可能性を探索したが、残念ながら不発に終わった。しかし、その代わりに、この物質系が示す多彩な磁気-軌道秩序や温度・磁場有機相転移を明らかにした。また、さらに研究を進めた結果、本来絶縁体であり電流の流れないこの物質中の磁気-軌道ドメイン壁が、フェルミ準位上の状態を持ち、驚くべきことに電気伝導性を示すことを発見した。「伝導性ドメイン」は近年、デバイス応用の観点からも注目を集めており、今後さらなる研究で、その物理的性質や制御機構の解明を進める予定である。上記の研究成果を、共同研究者とともに論文にまとめ、アメリカ物理学会のPhysical Review Research誌に発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
磁性と結晶格子、軌道自由度の結合に由来する「負熱膨張現象」が発現する可能性を、モリブデン酸化物系において探索した。新型コロナ蔓延の中、苦労しながら研究を進めたが、結果的には、この物質系では、期待していた負熱膨張現象は発現しなかった。しかし、「負熱膨張」は起こさなかったが、このモリブデン酸化物系は、多彩な磁性や電荷・軌道状態を発現し、それらの状態を温度や磁場などの外部パラメータによって制御できる興味深い物質であることを発見した。さらに、より特筆すべき成果として、絶縁体であるこの物質中の磁気-軌道ドメインを隔てるドメイン壁が、電子構造の再構成に起因する電気伝導性を持つことを発見した。以上の発見はある種の幸運とも言えるが、これらの物理現象も、その背後には強相関電子系におけるスピン、電荷、軌道といった多自由度の相関・競合があり、負の熱膨張現象の背後にある物理と根を同じくしている。つまり、新しい負熱膨張物質の発見を目指して、これらの多自由度の競合・協調が起こる強相関系物質群に着目して研究を進めた結果として、こような大きな発見に結びついたわけであり、その意味で狙って手繰り寄せたセレンディピティとも言える。しかし、次年度こそは、本研究課題の当初の目標である、劇的で高性能な新しい負熱膨張物質を発見したいと考えている。しかし、物質探索は賭けや博打的な要素が強く、必ずしも狙った物理現象や物性機能でなくても、興味深い現象や機能を見落とさず発見できるように、注意深く研究を進めたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度である2021年度は、多自由度相関に起因する劇的な負熱膨張現象を発現する物質候補として、遷移金属化合物で多く見られるMO6八面体(Mは遷移金属イオン)の稜共有ネットワークが作る2次元ハニカム(蜂の巣)格子を持つ物質群に着目して研究を進める。これは、MO6八面体の稜共有ネットワークでは、遷移金属間の直接遷移に由来する「反強磁性効果相互作用」と、遷移金属-配位子(酸素など)-遷移金属の90度ボンで実現する「強磁性交換相互作用」といった相反する磁気的相互作用のの競合(フラストレーション)が実現することが期待できるからである。より詳しく言えば、この磁気的フラストレーションが劇的な負熱膨張を引き起こすことが、研究代表者の「逆ペロフスカイト型結晶構造を持つMn窒化物」に関する以前の理論研究で明らかにされており、それとまったく同じ状況が、電子構造に関する一定の条件を満たしたハニカム格子遷移金属化合物で期待できるからである。今後、ハニカム格子遷移金属化合物の結晶構造と電子構造を考慮した微視的なスピン-格子モデルを構築し、これをモンテカルロ法などの数理統計的手法を用いて解析することで調べ、温度降下による磁性秩序の発現により負の熱膨張が起こる可能性や、その条件を理論的に明らかにする予定である。さらに、これらの理論計算で明らかになったハニカム格子系で「負熱膨張現象」が起こる条件を、共同研究者の物質合成・物質探索にフィードバックを掛けることで、新しい負熱膨張物質の発見を達成したいと考えている。2020年度は、新型コロナ蔓延における研究活動の制限により、実験研究や研究の打ち合せに大きな制約と制限が加えられた。2021年度の新型コロナ感染状況の見通しは、必ずしも明らかではないが、どのような状況になっても、その中でできることをしっかりとやっていきたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナ肺炎の感染拡大に伴う国内外の出張の制限により、旅費として計上していた予算を使うことができなかった。参加・講演が決まっていたいくつかの会議は、2021年度に延期開催が決定しており、新型コロナ感染の終息に伴って開催が期待されるこれらの会議に参加し、研究成果を講演する予定である。そのための、旅費や学会登録費用として、今年度繰り越した予算を試用する予定になっている。また、同じく新型コロナ感染拡大に伴う、大学における研究活動の制限により、共同研究者の実験活動が思うように進まなかった。そのため、理論モデルの構築や、理論計算の解釈に必要なフィードバックを十分に掛けることができず、理論研究では当初予定していた方向性を修正し、進度も期待通りではない。今後、当初計画の通り理論研究を進め、2020年度に繰り越した備品や論文投稿に必要な費用を2021年度に使用する予定である。
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