研究課題/領域番号 |
19K21874
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
福嶋 健二 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 教授 (60456754)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2022-03-31
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キーワード | カイラリティ / 電磁場中のフェルミオン / カイラル磁気効果 / カシミア効果 |
研究実績の概要 |
本研究のメインテーマである「回転」と「カイラリティ」について、本年度は特にカイラリティに焦点を絞った研究を推進した。また回転については、相対論的な理論形式における軌道角運動量とスピン角運動量との分離という観点から考察を進め、研究の新たなステージへ向けて順調に進捗が推移している。 まずカイラリティに関する研究実績を述べる。回転と結合していない通常のカイラルな系について、カイラル磁気効果の実験的なシグナルとされている負の磁気抵抗率を場の量子論的に計算する方法を確立し論文を執筆・出版した。これはカイラルの物理へのミクロな理解を助けるばかりでなく、場の量子論の問題としても、再和を駆使するなどテクニカルな進展を含んでおり、深い含蓄のある仕事となっている。また関連する研究として、ゲージ重力対応を応用した磁気抵抗率の評価も進めており、近いうちに結果を論文にまとめ発表予定である。 さらに今年度はカイラルな系におけるカシミア効果の研究も行った。真空の揺らぎによって導体の境界が受ける力は、空間的な対称性のよい場合には引力的であることが多いのだが、カイラル場を背景に持つ物理システムでは、斥力的になる場合があることを発見し、その成果をまとめて論文を執筆・出版した。 また実時間における量子系の応答を調べるために、時間依存性のある電場中の粒子生成の問題を扱い、新しい近似スキームを提唱した。カイラル物性の物理は外部磁場をプローブとして用いることが多いが、例えば負の磁気抵抗率に見られるように、電場をうまく組み合わせることでカイラル場を実装できることがある。特に最近では円偏光電磁場等、時間的な振動によって時間反転対称性を破り、それによってカイラルな物性を調べる研究も盛んとなってきており、我々の本年度の電場に関する研究実績は、カイラリティ物理の新しい局面を切り開く手段となり得るものであろう。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の最終的な狙いは、カイラリティと回転によって発現する様々な現象を扱うことであり、その手始めとして正しい理論的な整備が必要となる。カイラリティの物理と、回転の物理は、近年、それぞれに急速に発展してきたのだが、不思議なほど両者を組み合わせた先行理論研究は少ない。これには理由があって、カイラリティのプローブである外部磁場を印加し、さらにその物理系が回転しているとすると、非物理的な発散によって意味のある計算が阻害されるのである。より詳しく言うと、例えば示量変数である物理量を計算したとき、系の大きさの2乗や3乗など非物理的なスケールを示し、明らかに何かが間違っているときがある。我々はこの問題に何年も悩まされてきたのだが、本年度の研究により、どこに計算の困難があったのか解明することができた。この成果はまだ論文という形には結実していないので、実績としては明示的にならないものだが、本研究課題の成否を握る大きなブレイクスルーであった。 このように多くの知見を与えてくれた考察として、スピン流体方程式の定式化についても言及しておきたい。軌道角運動量とスピンの分解に関する研究の歴史は古く、原子核分野では80年代から陽子スピンの文脈で多くの仕事がなされてきた。また光学分野でもフォトンの軌道角運動量など議論されており、最近の話題をまとめたレヴューを2020年1月に執筆した。重要な点はエネルギー・運動量テンソルの定義そのものの不定性である。スピン流体方程式を導くためには、エネルギー・運動量テンソルの反対称成分が必要なのだが、不定性を利用するといつでも反対称成分を取り除くことができる。実はこれはカイラリティと回転に関する重要な示唆を含んでおり、現在、新しい論文を執筆中である。このように来年度以降のさらなる飛躍を約束するような着実な進展があり、本年度の進捗はおおむね順調であったと言える。
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今後の研究の推進方策 |
本年度に培った理論的に新たな知見を研究に活用し、カイラリティと回転に関する研究を本格的に加速させていく予定である。現在進行中で、もうすぐ具体的な形として実績化できるプロジェクトとして、3つの例を挙げておくことにしたい。 まず、カイラル量子異常とスピン角運動量の関係について。QCDに特徴的なカイラル量子異常は、外場中のQEDでも見られる普遍的なもので、そのとき量子異常は直感的に、物質の持つカイラリティと、ゲージ場の持つ磁気ヘリシティの交換であると解釈される。この解釈の根拠になっているのは、チャーン・サイモンズ流の第ゼロ成分を空間積分した量はゲージ不変だ、という事実である。通常、チャーン・サイモンズ流はゲージ不変ではなく、物理量とは見做されないが、第ゼロ成分の空間積分は磁気ヘリシティになっているのである。実は近年、光学分野でベクトルポテンシャルのゲージ不変部分を抽出するという考え方があり、それを用いると、チャーン・サイモンズ流の空間成分にも物理的な意味を与えることができる。我々はそれがゲージ場のスピン角運動量に対応していることを見出し、現在さらにその物理的な意味を深堀りしている。 次に、カイラルなクォーク物質による光吸収の問題。クォーク物質中にカイラル不均衡が起きると右巻きと左巻きの円偏光電磁場の吸収率に差異が出ることが期待される。この差異は非相対論的なカイラル分子に対して計算されており、Zilchと呼ばれる特殊な物理量に比例していることが示されている。我々はその相対論的なクォークに対する一般化を目指しており、解析計算を進めている。 最後に、本年度の研究によって徐々に理解が深まっていった、磁場と回転の共存するシステムの理論的取り扱いについて。我々が見落としていたのは、磁場の角運動量の正しい取り扱い方であり、問題点が炙り出された今となっては、困難の克服は時間の問題である。
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次年度使用額が生じた理由 |
国際会議および国際共同研究が2019年度よりも2020年度に集中していることが、2019年度中に明らかになった。より効率的な使途のために2019年度の予算を一部、2020年度に使用することによって、生産性を高めることにした。
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