研究課題/領域番号 |
19K21881
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研究機関 | 上智大学 |
研究代表者 |
平野 哲文 上智大学, 理工学部, 教授 (40318803)
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研究分担者 |
藤井 宏次 東京大学, 大学院総合文化研究科, 助教 (10313173)
村瀬 功一 上智大学, 理工学部, 研究員 (00834095) [辞退]
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2024-03-31
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キーワード | 揺らぎの定理 / 相対論的揺動流体力学 / 一般化された揺動散逸関係 / QCD相転移 |
研究実績の概要 |
非平衡統計力学における揺らぎの定理を満たすような非線形な相対論的揺動流体力学の構築に向けて、(1) 膨張背景中の流体揺らぎと臨界揺らぎのダイナミクス、(2) 一般化された相対論的流体方程式に対する流体揺らぎからの制限について研究を進めた。 (1)-A 膨張背景として、高エネルギー重イオン衝突反応を見据えて、Bjorkenによるブースト不変なスケーリング解の周りの流体揺らぎのダイナミクスの解析を行った。まず、相対論的流体方程式に対して、構成方程式の具体系を課すことなく、摂動の0次と1次の方程式を導出した。この導出された方程式に対し、流体揺らぎを含む因果律を守る構成方程式を与えることで膨張背景中の揺らぎのダイナミクスを記述した。特にエネルギー密度のような遅いモードが膨張の早い時期に凍結する現象を見いだした。 (1)-B 同様に、QCD臨界点周りでの臨界現象に注目して解析を行った。臨界点近傍では秩序変数の揺らぎの発散を伴うものの、保存量ではないことから速いモードとして拡散する。一方、重イオン衝突のような膨張背景では系の寿命の時間スケールと拡散の時間スケールのせめぎ合うことで非自明な振る舞いをする。因果律の観点から保存量に関わるバリオン数密度の緩和を考慮することで、秩序変数の揺らぎがバリオン数密度の揺らぎに与える影響を解析した。 (2) 近年、任意の局所静止系に対する一般化された相対論的流体方程式が導出された。しかし、平衡状態の極限でエントロピーが最大値を取らない、別の言い方をするとエントロピーが最大値を取るにも関わらずエネルギー密度の補正項にあたる散逸量が有限であるという問題がある。そこで、流体揺らぎの観点からこの系を解析すると、散逸量の揺らぎの平均が有限であることにより、系が不安定になることが判明した。これにより流体揺らぎが定式化に与える制限を議論した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
進捗状況では、計画通りに進んでいない点と、計画を超えて新たな進展がみられる点があることで、総合的に判断し「おおむね順調に進展している。」としている。 当初、膨張系における一般化された揺らぎの定理を満たす枠組みの構築を目指していたが、通常の揺動散逸関係を超える定式化には至っていない。現在、膨張系における定式化と数値計算までは終えていることで、揺らぎの定理の検証に必要な生成エントロピーの分布を調べる手前までは来ている。 一方、流体揺らぎが相対論的流体方程式の定式化そのものに対して制限を与える可能性を見出したことは、もともとの計画に入っていない大きな進展となりうる。分野内では、流体揺らぎを取り入れた相対論的流体力学が、高エネルギー重イオン衝突反応におけるクォークグルーオンプラズマの時空発展の記述のスタンダードには至っていない。依然として、散逸のみを含む流体方程式によるQCD物性量の抽出が行われている。そのような中で、流体揺らぎの観点から流体方程式の定式化そのものへの制限が加えられることで、今後は、より非平衡統計力学の観点に根差したQCD物性論の展開が可能となる。
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今後の研究の推進方策 |
(1)-A 膨張背景中の流体揺らぎのダイナミクスを記述することで系のエントロピーの時間発展を求めることができる。その生成エントロピーの分布を解析することで、揺らぎの定理をどの程度満たしているか、破っているかが判明する。そこで、研究1~2年目で得られたランジュバン系やLCR回路系における一般化された揺動散逸関係に基づき、通常の揺動散逸関係との違いを見出す。 (1)-B QCD臨界点近傍のダイナミクスにおける秩序変数の役割と因果律を満たすための緩和の役割を明らかにし、学術論文にまとめる。 (2) 一般化された相対論的流体方程式の制限に対してすでに得られた結果のよりどころとなる出発点が、散逸量の揺らぎの平均値が有限であるという事実である。散逸量を変数としたエントロピーの関数形から揺動散逸関係を導くうえでアインシュタインの揺らぎの理論を用いているが、その導出を精査し、通常の流体揺らぎも含めた一般的な定式化を目指し、学術論文にまとめる。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍の影響も依然として残っており、出張を伴う研究成果の発表の機会が減ってしまった。次年度は、対面での国内外での研究会、会議が行われる予定であり、それらの機会を利用して研究成果の発表を行っていく。
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