研究課題
数m程度のサイズの1台の人工衛星に搭載できる宇宙X線干渉計の実現に向け、一個のX線吸収体(1.2 mm × 20 μm × 1 μm)で二個のTi/Au(40 nm/90 nm)超伝導遷移端型マイクロカロリメータ(TES; 140 μm × 140 μm)を接続し、それぞれのTESパルスのrising edgeの時間差を測定することでX線光子の入射した位置を特定するセンサーを開発している。当該年度は、製作したセンサーを~100 mKに冷却しながら55Fe線源による X線の照射を行なって得られた二個のTESのパルス波形データの詳細な解析を進めた。これまではパルスがベースラインから立ち上がる際に、閾値を超えた時間をrising edgeとみなして光子の入射位置に対応するパルス波高値ごとに異なる時間差が生じていることを明らかにしたが、このセンサーの性質上、一個のX線光子のエネルギーを二個のTESに分割して読み出すため、光子が落ちた場所ごとにパルス波形が変化する。さらに、X線吸収体の不均一性などに伴い、パルスごとに波形がばらつく様子も見られた。そこで、パルスそれぞれの異なる立ち上がり波形を個別にフィットし、それを外挿することで個別のパルス波形にできるだけ依存しない形でrising edgeを見積もる解析方法の開発を進めた。また、この実験の結果を踏まえて、高位置精度X線センサーのデザインに改良を加え、素子を製作するためのフォトマスクの設計を進めると同時に、コリメータを取り付けてX線光子の入射位置を制限しながらrising edgeとの関係を調べるための極低温実験に向けてX線発生装置の設計も行った。国内学会や国際研究会に参加し、様々な波長の高空間分解能による観測結果について情報収集を行い、宇宙X線干渉計の最適なターゲットの候補の選定も進めることができた。
2: おおむね順調に進展している
これまでに、高位置精度X線センサーを実際に製作することができ、極低温冷却システムを用いてセンサーを~100 mKに冷却した状態で55Fe線源を用いたX線照射実験を行い、光子の入射位置に応じて2つのTESのパルスのrising edgeに時間差が生じることまで確認できた。しかし、製作したセンサーを冷却実験の後常温に戻した際、X線吸収体と超伝導遷移端型センサーの導通が確認できず、接続が切れてしまうケースが見られるなどの新たな課題が生じた。また、X線吸収体の不均一性に伴うと考えられる波形のばらつきも確認された。そこで、当該年度は、これらの課題に対し、X線吸収体の形状を変えるなど、センサーのデザインを一部改良するなどの対策を進めることができた。また、波形のばらつきを完全に無くすことは困難であるため、パルスごとに異なる立ち上がり波形のばらつきに左右されないrising edgeの評価方法の開発に取り組み、このセンサー特有の解析手法を進展させることができた。このように、高位置精度X線センサーのデザインの改良を施し、この解析手法を進展させることができたとともに、宇宙X線干渉計による具体的な観測の検討も進められているため、本研究はおおむね順調に進展していると考えている。
前回の実験の際には、55Fe線源からのX線をセンサー全面に当て、パルス波高値が入射位置に対応して変化することを利用して、パルス波高値と時間差の相関を調べたが、すでに製作済みのコリメータを通してX線の入射位置を制限しながら照射を行うことで、実際の光子の入射位置とrising edgeの時間差の関係を調べることができる。コリメータを通しても十分な統計が得られる必要があるため、極低温実験にも使用できるX線発生装置が必要となる。当該年度には、真空に保ったまま~0.7 keVから~14 keVの範囲の単色X線を自由に変更できるよう、複数の線源やターゲットを含むX線発生装置の具体的な設計を進め、デザインを固めた。そこで今後は、実際にこのX線発生装置を製作し、すでに応答が分かっているX線CCDカメラなどに取り付けてX線照射実験を行うことにより、X線の単色度合いや強度を定量化し、線源やターゲットの位置などの調整を行う。これらが完了したら、高位置精度X線センサーに、すでに製作を終えているコリメータを取り付け、X線発生装置を用いたX線照射実験を進める。これにより、前回のようにX線の全面照射ではなく、入射位置を制限した上でrising edgeの時間差との関係やエネルギー分解能の評価を行う。加えて、放射光にてTES型Xマイクロカロリメータを駆動させる実験に参加し、ビーム環境下でTESを高い性能で動作させるための方法を確立する。国内研究会や国際会議に参加し、本研究の成果を発表するとともに、宇宙X線干渉計で観測するのに適したブラックホール天体の候補をリストアップする。2023年9月7日に打ち上げた日本のX線天文衛星XRISM搭載X線マイクロカロリメータによる天体観測データの解析にも取り組み、本研究で開発するTES型X線マイクロカロリメータを応用した高位置精度X線センサーの解析手法の確立に役立てる。
製作した高位置精度X線センサーを用いた冷却実験を行った後に常温に戻した際、X線吸収体と超伝導遷移端型X線マイクロカロリメータの接続が切れてしまうケースが見られたり、X線吸収体の不均一性が原因と見られるパルス波形のばらつきが大きいことが確認されたため、センサーのデザインを見直す必要が生じた。次年度は、改良したデザインのセンサーの製作を進めるためのフォトマスクの費用や、宇宙科学研究所に滞在してセンサーの製作や冷却実験を行うための旅費などが必要となる。また、センサーの再設計を優先したことで極低温実験用のX線発生装置の製作を次年度に延期したため、次年度にこのX線発生装置を製作するための費用が必要となる。X線発生装置を用いた高位置精度X線センサーの冷却実験を行なったパルスデータを保存・解析するためのサーバも不可欠なため、その購入費も必要となる。
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