研究課題
従来の化学進化仮説においてはアミノ酸などの小分子が縮重合することにより生じた高分子の中に生化学的機能を有するものが生じ,そこから生命が誕生したとされてきた。本申請研究では,宇宙線などの高エネルギー現象によりまず高分子態有機物(がらくた分子)が生じ,これが有する微弱な生化学的機能が進化することにより生命が誕生したとする「がらくたワールド説」の検証を試みている。昨年度,一酸化炭素などの単純な分子から陽子線やガンマ線照射によりアミノ酸前駆体を含む高分子態有機物の生成が確認されたため,本年度は,分子雲を模擬した実験により生じる高分子態有機物の(1)宇宙における安定性の評価と(2)機能の測定を行った。(1)では一酸化炭素・アンモニア・水混合物に陽子線照射をして合成した「がらくた分子」(CAW;複雑態アミノ酸前駆体を含む)をグリシンやグリシン前駆体のヒダントインとともに国際宇宙ステーション曝露部上で3年間宇宙曝露したものの解析を行った。CAWは他の分子よりもはるかに強い紫外線吸収をもつにもかかわらず,紫外線吸収の少ないヒダントインよりも安定で,また,さらに紫外線吸収の少ないグリシンとほぼ同じ安定性を示した。 (2)では,酢酸p-ニトロフェニルを基質として吸光法によりエステラーゼ活性を調べたところ,CAWは全体として有機炭素1 g当たり4 マイクロmol/minの比活性がえられた。これは,エステラーゼ活性を有することが知られているイミダゾールの比活性の1/100である。しかし,CAW中には活性を持たない分子も多いため,より高い比活性をもつ画分が存在しているはずである。そこで,既存のHPLCにポストカラム反応系を装着し,混合物を分離しながら各成分の活性を測定できる装置を作製した。次年度,この装置を用いてより高機能な分子の存在を調べ,前生物的な機能性分子の生成の確認を行う予定である。
2: おおむね順調に進展している
1.模擬分子雲環境で生成した高分子態有機物(アミノ酸前駆体を含む;CAW)の宇宙環境中での安定性を,実験室での模擬実験に加え,国際宇宙ステーション曝露部を用いた実際の宇宙環境において評価した。宇宙での安定性は,紫外線が照射される環境においては紫外線が最もクリティカルであるが,CAWはグリシンやヒダントインとった小分子と較べて,同等またはそれ以上に安定であることが確認された。紫外線が照射されない環境では熱や放射線が制限因子となるが,これらに対してはCAWはグリシンやヒダントインよりも安定であり,宇宙(および地球)環境でCAWのような高分子態有機物がロバストな分子であることが確認できた。以上の成果はAstrobiology誌に投稿した。2.模擬実験で生成した有機物の機能として,触媒活性の評価を行った。吸光光度法によりエステラーゼ活性を測定することにより,CAWがエステラーゼ活性を有することが確認できた。CAWはさまざまな分子の混合物であるため,その中に比活性(単位有機炭素あたりの活性値)が強い分子が存在することが期待できる。その解明のため,既存のHPLC装置にポストカラム反応系を装着し,オンラインで活性の評価ができるようにした。3.これまでの実験結果より,一酸化炭素,アンモニアなどの単純な分子から分子量数百~数千の複雑なアミノ酸前駆体が核酸塩基などと同時に生成しうることが確認できた。また,このような分子が宇宙環境でも比較的安定であること,また触媒活性を有する分子を含むことなでがわかった。遊離アミノ酸やペプチドといった,これまでの化学進化実験で想定されてきた分子と異なるタイプの高分子態分子の混合物(がらくたワールド)を出発とした化学進化の経路を考える必要性が強く示唆された。4.コロナ禍で一部実験や成果発表が遅れた部分があり,研究期間の延長を行った。
1.一酸化炭素・アンモニアなどの単純な分子から陽子線照射により合成した高分子態有機物の宇宙における安定性を地上実験および宇宙実験「たんぽぽ計画」で評価してきたが,さらにより短波長の太陽紫外線の効果を調べるための宇宙実験「たんぽぽ2」の宇宙曝露が昨年度終了し,地球に帰還した。次年度は,その解析を行い,無生物的に合成した高分子態有機物の宇宙での安定性の評価を継続する。なお,たんぽぽ2では,光学窓を用いずに宇宙曝露した試料も含まれている。さらにたんぽぽ後継ミッションでの曝露実験の継続や,炭素質コンドライトや宇宙塵中の有機物分析結果との比較も行う。2.高分子態有機物(CAW)の触媒機能としては,吸光法によりエステラーゼ活性を測定したが,CAW中により高い触媒機能(比活性)を有する分子を探索するため,令和2年度に作製した,HPLCと結合した活性評価システムを用いた分析を行う。ここでは,より高感度な蛍光法(基質は二酢酸フルオレセイン)での活性測定を行う。また,他の活性(ペルオキシダーゼ活性など)の存在も調べる。3.分子雲中で生成したがらくた分子プール(CAW)が,小天体中に取り込まれた後,その内部でどのように変化していくかを,オートクレーブなどを用いて検証する。小天体内部では,分子雲で生成した分子の変成と,小天体内部に存在するホルムアルデヒドなどの小分子からの合成が平行して起きるはずである。4.以上の結果から,宇宙環境(分子雲中の星間塵,隕石母天体内)で生成した高分子態有機物(がらくた分子)の機能(触媒活性,光学活性など)が,供給先(原始海洋など)の環境下で「進化」しうるかを検討し,地球上での生命の誕生にいたる新規化学進化シナリオとして「がらくたワールド仮説」をまとめて,論文として発表するとともに社会へのアウトリーチも行う。
コロナ禍で一部実験や成果発表が遅れたため,研究期間を延長し,次年度に直接経費300,000円を繰り越した。次年度,繰り越した基金は主として成果の発表のための旅費や,論文の英文校閲および投稿料に用いる予定である。
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