電子・原子レベルのシミュレーションは,材料強度学の分野で不可欠な研究手段になっており,その重要性は今後も増していくと考えられる. しかしながら,現在用いられている計算手法は取り扱える時間スケールが極端に短いものや,解析者の洞察力やモデリングに強く頼った初期条件依存性の強いものばかりである.本研究では,エネルギー極小点から初期探索方向を設定し,その近傍のポテンシャル曲面の谷に沿って鞍点まで系を押し上げていくことで現象を起こし,活性化エネルギーを評価するGRRM法を金属中の格子欠陥の運動に適用している.本年度は,まず前年度から行っているbcc鉄中の複空孔の拡散経路解析に関して,より多くの初期探索方向に対して並列計算機を用いた評価を行うことで,より精密な評価を行った. 次に,鉄と水素の二元系に対応できるようにプログラムに改良を加えて,空孔水素複合体の拡散挙動の解析を行った.単空孔が水素を2個トラップした空孔水素複合体(V1H2)および複空孔が一つの水素原子をトラップした空孔水素複合体(V2H1)に関して,再安定構造を起点として生じ得る配置変化と,配置間の活性化エネルギーに関する樹形図を作成することができた. 本研究では対象とする格子欠陥は空孔性の小規模なものにとどまったが,同じ方法論により対象とする欠陥を空孔性のものから転位や空孔クラスターなど大型のものにしていくことで,複雑な欠陥の相互作用現象を紐解く有力な手段になると言える.
|