研究課題/領域番号 |
19K21926
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研究機関 | 弘前大学 |
研究代表者 |
城田 農 弘前大学, 理工学研究科, 教授 (40423537)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2023-03-31
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キーワード | 液滴 / 推進 / 核沸騰 / 非対称濡れ性 / 非対称加熱 / 接触角 |
研究実績の概要 |
非対称な形状を持つ加熱表面上の液滴は一方向に推進する。この現象は表面を加熱するだけで液滴が推進するため,非常に簡便な機構を用いて10-20 cm/sの推進速度を得ることができる。そのため,ポンプやモーターなどの動力を用いることができない小型装置でも使用できる新しい熱・流体輸送技術として応用が期待されている。 本研究では加熱温度が沸点近傍のLow Temperature Regimeのとき,表面の濡れ性を変化させることで核沸騰の発生を制御できる点に注目し,表面の濡れ性を局所的に変化させることで液滴を高速度で推進させることを昨年度までに可能とした。また,液滴を登坂させることにも成功した。これらは液滴の輸送・冷却効率の向上や冷却装置の立体化などへの応用が期待できる。しかし,表面の濡れ性を手作業で定性的に変化させたため,再現性が低かった。 そこで今年度は,表面の濡れ性を再現性良くかつ高精度に変更する方法を検討し,表面の濡れ性を局所的に変化させた複合濡れラチェットを用いて,液滴が高速度で推進する条件と登坂可能な最大角度を明らかにすることを目的とした。また,核沸騰による力と接触線に働く力のバランスに基づくモデル解析から,液滴推進メカニズムを考察した。 その結果,複合濡れラチェットの加速度が撥水ラチェットや親水ラチェットよりも大きくなり,より小さい温度帯でも推進したのは,撥水ラチェットと比べて推進力が増加し,親水ラチェットと比べて接触線に働く力(推進力と逆向き)が減少したためであることを明らかにした。親水面の幅を変えると液滴の加速度に大きな違いが見られ,親水面の幅が約0.3 mmのとき最も大きな値となった。また,最大の登坂角度は,常温の液滴がその場に留まる限界の角度と等しくなった。これは,常温の液滴がその場に留まる限界の角度よりも大きい角度では,沸騰して推進力が生じる前に液滴が下方に移動してしまうためであると考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は,(1)登坂性能と濡れ性領域の関係性,および(2)核沸騰を伴う液滴推進による冷却熱流束の計測を計画していた。しかし,新型コロナウイルス拡大防止のために研究活動に制約が生じ,上記(1)については計画通り実施できたものの,(2)については計測に適した基板作製に止まっており熱流束の計測は実施できていない。 上記(1)の登坂性能に関連して,昨年度末の計画段階ではプラズマ照射による親水領域の作製を進める予定であった。しかし,今年度の研究において,各種マスキング法を試し,また高温環境における耐久性のデータを集積し検討した結果,従来の剥離法の方が総合的に考えて優れているという結論に至った。また,剥離法に用いる撥水剤として,これまで使用してきたものよりもさらに高温耐性に優れたものを選定した。さらに,これまで使用してきたラチェットとは異なる形状のラチェットを,これまでに得られた知見に基づき設計製作した。 上記(2)の冷却熱流束計測に関連して,今年度は透明平板上に交互に生成する親水・撥水領域の大きさを変化させた場合の液滴挙動を観察した。その結果,加熱された液滴は推進開始前に,液滴底部が親水領域にピン留めされた状態で左右に振動し,振幅が十分に大きくなるとピン留めが外れて1方向に推進することを明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
次年度はまず,液滴推進性能に関する実験として,(1)液滴径,(2)液滴初期温度,(3)ラチェット形状の影響を重点的に調べる。(1)について,本研究課題ではこれまで液滴径を固定して推進性能を調べてきた。今年度の理論解析結果から接触線に働く力が,すなわち液滴径が推進性能を決めるうえで重要であることが明らかとなったため,次年度は積極的に液滴径を変化(特に大きくする)させる。また,登坂性能に関する今年度の成果として,最大登坂角度を上げるためには斜面に滴下された液滴が転落する前に十分に加熱され核沸騰することが重要であることを明らかにした。そのため,次年度は予熱した液滴を滴下することで登坂性能の向上を目指す。(3)に関して,今年度中に形状が異なるラチェットを新しく3種類設計・製作したので,これらを用いて水平および傾斜面上の液滴加速度を計測し,推進性能に与える影響を評価する。 今年度未実施であった冷却特性評価について,次年度は当初計画通り進める。ただし,今年度の成果として得られたより高温耐性に優れた撥水剤を使用する。高速度サーモグラフィーカメラによる計測を可能とするため,加熱基板はサファイアガラス平板とし,その表面にITO膜を蒸着させることで基板表面温度を計測可能とする。ITO膜の上に,撥水・親水領域を交互にコーティングし液滴を推進させ,その時の基板表面温度の時間変化から,液滴推進による冷却熱流束を計測する。 最後に,液滴推進・冷却メカニズム解明に関連して,液滴沸騰と液滴表面波の関係性を高速度カメラ撮影に基づき計測する。加熱基板にはサファイアプリズムを用い,全反射法により撥水・親水領域境界近傍の沸騰の様子を底面から詳細に観察する。また,側面からの観察により液滴表面波の発達と伝播の様子を観察する。これらの観察結果と画像処理による定量評価から,核沸騰が液滴推進に与える影響を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染拡大防止のため,今年度は研究活動に実質的な制約が生じた。そのため,本研究課題の研究期間を延長した。次年度使用額が生じた理由はこのためである。 次年度の研究費使用計画について,今年度未実施であった液滴推進による加熱基板の冷却特性計測に関わる消耗品費,および研究成果発表に要する費用(論文投稿料,学会参加旅費)を主に支出予定である。
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