前後非対称な形状を持つ加熱ラチェット上の液滴は一方向に推進する。水平に置かれたラチェットにおいて,液滴の加速度は最大で重力加速度と同程度に達する。すなわち,本技術を用いると液滴を登坂させることが可能である。 プロジェクト最終年度である今年度の最大の目標を,「液滴の登坂運動を質点モデルで表すこと」に定めた。核沸騰を伴い液滴は変形しながら運動するため質点モデルの適用妥当性は自明ではないが,液滴運動の加速度は,液滴に作用する力を質量で割った値に等しいとする運動の第二法則のもと,液滴に作用する力として,核沸騰による推進力,撥水領域と親水領域の境界にピン留めされる接触線による付着力,そして重力を考慮した。 まず液滴質量に関して,昨年度までに,ある一定の大きさを持つ液滴に対して,登坂可能なラチェット最大傾斜角を温度100℃から200℃程度の範囲で変化させて計測した。今年度は,液滴質量(体積)を5通りに変化させた。液滴の大きさの変化は,質量のみならず接触するラチェット親水領域面積とも関係する。液滴質量変化実験の結果,液滴加速度は親水領域接触面積に比例し,液滴質量に反比例するという予測通りの結果が得られた。 また,推進力と付着力に関して,「両者を足した合力にはラチェット板の傾斜角は影響を及ぼさない」という仮説を立て,実験的に検証した。まず,水平に置いたラチェット上を運動する液滴の加速度を質量で割ることで各ラチェット温度Tについて当合力G(T)を算出した。次いで,傾斜させたラチェット上を運動する液滴には,水平の場合と同じG(T)が作用し,さらにこれに重力が加わるとした。そして,G(T)と重力との釣り合いから求められる傾斜角と,実験的に求めた液滴最大登坂角を比較した。その結果両者が概ね一致したことから,液滴登坂運動は質点モデルで表されることを明らかにした。
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