研究実績の概要 |
反強磁性体の最も魅力的な特性の一つに、THz帯域に達する高い共鳴周波数がある。これは、反強磁性共鳴周波数が分子磁場に比例するためで、通常の強磁性体における強磁性共鳴(GHz帯域)に比べて圧倒的に高い。一般に、磁化の動的応答時間の下限値は共鳴周波数の逆数で決まる。すなわち、反強磁性体磁化はピコ秒~サブピコ秒で応答可能である。本課題は、反強磁性体のサブピコ秒の磁化反転およびその検出を行い、従来の強磁性体スピン素子では成し得なかった超短時間領域の磁化反転ダイナミクスの理解を目的とし、さらにサブピコ秒超高速磁気メモリの動作実証を目指す。 本年度は、GaAs基板上に作製した光伝導スイッチとピコ秒レーザーを利用して、様々な反強磁性体(NiO, Fe2O3, Mn3Irなど)に電流パルスを注入し、ホール抵抗等の抵抗変化を測定した。本年度後半は特に、電流パルスが効率よく反強磁性体に注入できるような素子構造の最適化に注力したが、反強磁性体磁化の反転に由来した抵抗変化は得られなかった。原因として、電流密度が磁化反転に十分でないことが考えられる。パルス電流を増加させるには光伝導スイッチに与えるバイアス電圧を増加する必要がある。しかしながら、さらなるバイアス電圧の増加は光伝導スイッチの絶縁破壊につながるため今のところ現実的ではない。 一方で、反強磁性体の磁化ダイナミクスを理解するため反強磁性共鳴の実験も行った。α-Fe2O3の反強磁性共鳴を調査し、モーリン温度と反強磁性共鳴周波数の関係を実験的に明らかにした。本物質は、モーリン温度近傍で磁気異方性が極小になるため、磁化反転に必要な電流パルス強度も小さいと考えられる。モーリン温度近傍で上記のスイッチング実験を行うには、現状の室温実験セットアップに温度変調機能を追加する必要があり、研究期間内で実施できていない。今後、検討する。
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