研究課題/領域番号 |
19K22017
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
田川 雅人 神戸大学, 工学研究科, 准教授 (10216806)
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研究分担者 |
横田 久美子 神戸大学, 工学研究科, 助手 (20252794)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2023-03-31
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キーワード | 地球高層大気 / 原子状酸素 / 窒素分子 / ポリイミド劣化 |
研究実績の概要 |
宇宙用材料・システムは宇宙環境の影響により特性変化・劣化を受けることが知られているが、軌道上試験・地上模擬試験の結果には不整合が報告されている。さらに、これまで考慮されてこなかった窒素分子の同時衝突が、材料劣化に大きな影響を与えることが明らかにされつつある。本研究課題ではレーザーデトネーション型原子状酸素環境模擬実験装置を用いてポリイミドを基準材料としている現状の国際基準の不完全性を明確化し、科学的に根拠のある新基準の確立・提案を目指すことを目標としている。一般に電気的に中性な原子ビームの正確なフラックス測定は困難であり、原子状酸素に対してはASTMでも便宜的にポリイミドのエロージョン量から評価する手法が推奨されているが、その値が信頼できないことが全ての不整合問題の発端である。そこで国内では本研究グループの装置にのみ取り付けられている原子線飛行時間(TOF)計測システムを用いて、TOFスペクトルの面積強度等から原子状酸素照射量の多角的評価を実施し、ポリイミド質量減少量と相互比較することにより原子状酸素フラックスを絶対評価する手法を確立することを目標にしている。FY2019-2020年度には上記手法に対する検証を行うとともに、超低高度衛星SLATSのフライトデータの詳細解析を実施した。FY2021には前年までの検討結果に基づき、ポリイミドの反応効率の環境依存性を明確化するためのDual-PSV法でのArビームの同時照射効果実験を実施すると共に、SLATSフライトデータ解析における誤差要因の解析を実施した。その結果、地上実験ではビーム中の高エネルギーアルゴン分子の存在比率に対してポリイミド劣化速度が線形的に増加し、SLATSフライトデータとも整合性のある結果が得られた。これによりポリイミド基準による材料劣化量検証の問題点と主原因が確認された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
FY2019年度にはレーザーデトネーション装置における飛行時間(TOF)スペクトル面積強度によるビーム強度の相対評価、電離真空計を用いたフラックス計測装置の検討を行った。その結果、TOFスペクトルの面積強度がポリイミドから求めたビームフラックスの相対強度を比較的良く表していること等が明らかになった。FY2020-FY2021年度にはレーザーデトネーション装置で形成した超熱原子状酸素、アルゴン混合ビームのアルゴン組成とポリイミドの原子状酸素反応イールドを計算した。その結果、原子状酸素の量が不変でもアルゴン量を増大させるとポリイミド劣化が増速されることが明らかになった。このことは衝突誘起脱離プロセスが反応律速過程であることを示唆するものである。一方、FY2020年度に超低高度衛星SLATSの大気抵抗から求めた地球高層大気分子密度とポリイミドエロージョンレートから推定した大気密度、さらにはNRLMSISE-00大気モデルの予測値との関連性についても検討を行った結果、NRLMSISE-00大気モデルの定量性が極めて低いことがクローズアップされた。FY2021年度には詳細な研究を行うため地上実験でのアルゴンビーム同時照射による増速劣化現象を軌道上での窒素分子同時衝突に適用してポリイミドの劣化イールド解析ならびに材料劣化データベースの構築を行ってきた。しかしながら、新型コロナによる影響で宇宙材料サンプルの海外からの入手・送付や照射結果の共有に遅れが生じているのに加えて、大学内の安全規則改定に伴う高圧ガス安全装置の納入が半導体不足の影響からFY2022年度に遅延したため、一部の実験を延期している。
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今後の研究の推進方策 |
FY2022年度には、各種宇宙用材料への原子状酸素照射ならびに原子状酸素とアルゴンの同時照射実験を実施し、アルゴン添加による増速劣化現象についてデータベースの構築を行う。これにより国際標準の改定に向けたコンセンサス醸成に向けての基礎データを取得することを目指す。これらの実験は神戸大学の新しい安全指針に則って実施するため、高圧ガス安全装置の納入後に実施する予定である。一方、FY2020年度に超低高度衛星SLATSの大気抵抗およびAOFSミッションから推定した大気密度、さらにはNRLMSISE-00大気モデルの予測値との関連性についても検討を行った結果、NRLMSISE-00大気モデルの定量性が極めて低いことが大きな問題となっている。フライトデータを元にポリイミドが基準材料と決定された経緯や定量化のプロセスなどについても追跡を行った結果、材料劣化基準値の決定にはNRLMSISE-00モデルが使用されおり、全ての宇宙実験の定量性はこのモデルの精度に依存していることが確認された。これらの事実は本研究分野でこれまで広く信じられてきた基準の信頼性を大きく揺るがすものであり、そのため、SLATSのテレメトリデータ解析に構体遮蔽効果解析を追加するなどの高精度解析法を導入するとともに、2022年7月に打ち上げる観測ロケットS-520-32号機の余剰ペイロードに大気密度計測プローブを搭載し、大気密度のその場観測によりNRLMSISE-00モデルの定量性の検証にまで踏み込むことを検討している。これにより地上実験のみならず独自の宇宙実験データを併用して、大気モデルの精度にまで言及できる高精度な高層大気密度解析と、それに基づく材料劣化現象の定量的把握を行うことが可能になり、国際基準を変更する場合の基盤データを得ることができると期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
実験に必要な超熱アルゴンビームの安定形成技術は確立しているが、新型コロナウイルスの影響による実験室立ち入り制限等や、外国からの試料の授受の遅れ、さらには大学の安全基準の変更に伴う高圧ガス安全装置の納入が半導体不足の影響を受けてFY2022に年度にずれ込むなどの理由によりオンサイト実験が大幅に遅延したため、データベース作成のための実験がFY2022年度に持ち越しになった。また、海外大学の装置を借用しての出張実験についても移動制限によりFY2021年度は実施に困難を伴った。コロナ感染状況の推移を見守りつつ、FY2022年度にこれらの実験を行えるようにスケジュールの再調整を行っている。さらに、参加を予定していた多くの国際会議や国内学会が中止/延期になり、年度内に旅費が支出されなかったことも未使用額が発生した理由の1つである。FY2022年度にはFY2021年度から延期された実験・学会参加の実施に加えて、新たな目標として設定した観測ロケット搭載用大気密度計測プローブの開発も行い、地上実験のみならず衛星・観測ロケットによる宇宙実験をも併用して、エビデンスの確立と本研究の総括を目指す。
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