イオンエンジンやホールスラスタといった電気推進は、プラズマを噴射した反力で加速・航行する宇宙機推進方式を指し、少ない推進剤で大きな宇宙機増速が得られる「低燃費性」を特徴とする。惑星探査のみならず商用人工衛星においても電気推進への期待が高まる一方、現在の電気推進機には一定の寿命がある。惑星への往復航行や太陽系脱出など、電気推進が本領を発揮すべき長期航行を実現するためには、寿命の無い推進機の実現が望ましい。そこで本研究では、電気推進機の寿命を律速している電子源を無損耗化するため、電子放出を担う部位への単結晶材料の適用可能性を追求した。実験研究では、単結晶素材へ入射するキセノンイオンに対する損耗特性(スパッタ収量特性)を取得すると共に、ホローカソード形態での連続作動により、基準となる多結晶材料各部位の損耗率を得た。本研究では、28eVの閾値を数eV高め、カソードで発生するイオンに対して無損耗であることを目指したが、電子を供給するオリフィス部位に用いられるタングステン材料では単結晶と多結晶の素材間での損耗について有意な差は得られなかった。このため、オリフィス部位の低損耗化のためにはオリフィス形状設計等の最適化によりイオンエネルギーを低減することが有効でありかつ不可欠である。本研究で実施した多結晶オリフィスを用いたホローカソードの連続試験では、数百時間にわたって損耗が続いており、数万時間といった寿命特性を実現するためには、イオンエネルギーを低減して損耗率を下げる必要がある。ホローカソード単体作動時ならびに磁場印加時のイオンエネルギー分布の多くは、高エネルギー側成分を含んでおり、損耗率をゼロとはできない理由の一つになっていると予想される。
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