生体骨の持つしなやかな機械的性質は、コラーゲン繊維とアパタイト(HAP)結晶との静電的相互作用が起源となっている。つまり、生体材料特性の発現において、六方晶構造をもつHAP結晶表面の静電ポテンシャルが重要因子となっている。しかし、「HAPのa面は正、c面は負に帯電」という、従来の経験的知見に対する電子・原子レベルの起源は未解明であった。本研究では、第一原理計算を用いて、HAP/水溶液界面での安定原子配列およびHAPの表面ポテンシャルとその結晶方位依存性の起源を解明することを目的とした。 本年度においては、表面ポテンシャルの定量評価と、実験結果との比較による本研究手法の妥当性について検討した。表面ポテンシャルを、表面でのフェルミレベルと水溶液バルク中の静電ポテンシャルとの差として評価した。さらに、等電荷pHと表面ポテンシャルの関係式を求め、各表面の等電荷pHを評価した。その結果、熱力学的に最安定であった{1010}面と{0001}面の等電荷pHはそれぞれ、8.7と4.8となった。これは、中性の水溶液環境下(pH 7)において、{1010}面と{0001}面がそれぞれ正および負に帯電していることに相当し、従来の実験報告とよく一致した。本研究手法はバイオセラミックスのみならず、他の酸化物やセラミックスにも適用可能である。従来電子・原子レベルからの理解が十分でなかった、無機材料の表面ポテンシャルを、理論的に評価できるようになったといえる。
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