C60薄膜は、既存の熱電材料に比べて数100倍の大きなゼーベック係数Sを示すので、フレキシブル熱電材料の候補であるが、導電率σが極めて小さいことが応用を妨げている。本研究の目的は、C60薄膜の光重合反応および電子線重合反応によってSとσが共に優れた熱電材料を創製することである。 C60薄膜への紫外可視光照射によって光重合反応を誘起すると、大きなSを保持しながらσが数10倍まで増加することで、出力因子が向上した。また、光重合C60薄膜はN型の熱電特性を示した。光照射による薄膜の構造変化を詳しく調べたところ、光照射C60薄膜の主な構成要素は2量体であることが分かった。但し、2次元方向に複数のC60が結合した重合体(2D重合体)も表面層付近で僅かに形成されることが示唆され、特に、光照射時の試料温度の上昇を抑制することで2D重合体の割合が増加する傾向を見出した。これは、重合体のサイズや次元性による熱電物性制御へ向けた重要な知見となる。 また、C60薄膜への電子線照射によって分子間融合反応を誘起すると、薄膜のσは10万倍まで大きく向上するものの、Sは数千分の1まで著しく減少することが分かった。Sを改善すべく、酸素雰囲気下での紫外可視光照射による炭素骨格の酸化反応を誘起したものの、S値は改善しなかった。さらに、2D光重合体への電子線照射によって新奇なナノ炭素材料を創製する研究も進めた。 薄膜中の単ドメインの熱電物性を評価するための手法開発も同時に進めた。分子膜表面にマイクロギャップ電極対を形成し、電極間に温度差を発生させることで、分子膜のSをマイクロスケール評価する手法を開発した。これを利用することで、C60薄膜の大きなSがドメイン境界と関連することを初めて実験的に示した。また、電子線リソグラフィーを利用することで、ギャップ間隔を100 nmまで減少させることにも成功した。
|