研究課題/領域番号 |
19K22067
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
堀田 篤 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 教授 (30407142)
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研究分担者 |
黒川 成貴 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 助教 (50837333)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2022-03-31
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キーワード | ポリマー / 複合材料 / 再成型性 / ハイドロゲル |
研究実績の概要 |
本研究は、高強度・高透明性・高含水性をあわせ持ち、熱により何度でも再成型可能(熱可逆)な環境配慮型ハイドロゲルを作ることを最終目的としている。本年度は第一段階として、高強度かつ熱可逆性を有するポリマーゲルネットワークの形成を試みた。ここでは、溶液を液体窒素により冷却(急速冷却)することで強度が向上することが知られているシンジオタクチックポリプロピレン(sPP)を用いた熱可逆性ゲルに注目した。すなわち、その強度のさらなる向上を目指し、本研究ではゲルネットワークの内部構造に影響を与えると考えられる溶媒の種類に着目し、その構造と物性への影響を研究した。 はじめに、sPPと相性が異なるデカヒドロナフタレン(デカリン)、シクロヘプタノン、シクロヘプタノールを溶媒として用いてsPPゲルを作製し、破壊ひずみ、破壊エネルギーを測定した。その結果、デカリンを用いたゲルの破壊ひずみ、破壊エネルギーは70%、30 kJ/m3であったのに対し、シクロヘプタノンを用いたゲルは170%、370 kJ/m3およびシクロヘプタノールを用いたゲルは100%、150 kJ/m3となり向上した。さらに本研究では、特性が異なるシクロヘプタノールとデカリンを混合して、sPPとの相溶性などを変化させることにより、作製されるsPPゲルの力学物性に与える影響を分析した。その結果、シクロヘプタノールの重量分率が40%の際に、sPPゲルの破壊ひずみおよび破壊エネルギーは最大値を示し、それぞれ510%、440 kJ/m3となった。これらはデカリンのみを用いたゲルと比較して、おのおの7.5倍、16倍であった。 以上より、急速冷却によるsPPゲルの作製時に混合溶媒を用いることで、高強度な熱可逆性ポリマーゲルネットワークを形成できた。本結果は、熱可逆性ゲルの効果的な高強度化手法を新たに示したという点で重要な成果であると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、高強度・高透明性・高含水性をあわせ持ち、熱により何度でも再成型可能(熱可逆性)な環境配慮型ハイドロゲルの作製を最終目的としている。本研究のプロセスは、(I)熱可逆な第一ゲルネットワーク形成、(II)化学改質による第一ネットワークの親水化、(III)セルロースナノファイバー(CNF)水分散液の含浸による第二ネットワーク形成、となっている。これまで(I)を進めてきた。 熱可逆性ゲルの力学物性は、ゲルネットワーク構造の影響を大きく受ける。そこで本研究では、溶液を液体窒素により冷却(急速冷却)することで内部構造を微細化した。具体的には、本手法で強度が向上するシンジオタクチックポリプロピレン(sPP)を用いた熱可逆性ゲルに注目し、その構造制御により高強度を有するゲルの作製を試みた。構造を変化させる手法として、ゲル作製時の溶媒種を変えることで、sPPとの相溶性を変化させた。 はじめに、sPPと性質が異なるデカヒドロナフタレン(デカリン)、シクロヘプタノン、シクロヘプタノールの各溶媒を用いてsPPゲルを作製した。その結果、デカリンを用いたゲルの破壊ひずみ、破壊エネルギーは70%、30 kJ/m3、シクロヘプタノンを用いたゲルでは170%、370 kJ/m3、シクロヘプタノールを用いたゲルでは100%、150 kJ/m3となった。さらに、シクロヘプタノールとデカリンを混合することで。sPPとの相溶性をより精緻に変化させることにより、sPPゲルの力学物性向上を目指した。その結果、シクロヘプタノールの重量分率が40%の際に、破壊ひずみと破壊エネルギーは最大値を示し、それぞれ510%、440 kJ/m3となった。これらはデカリンのみに比べてそれぞれ7.5倍、16倍であった。以上より、(I)はおおむね順調に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
これまで急速冷却法およびゲルに用いる溶媒種に注目し、シンジオタクチックポリプロピレン(sPP)ゲルの力学物性を向上させることで、高強度かつ熱可逆性のネットワークを有するゲルを作製してきた。これをふまえて今後は、(I)sPPを骨格としたハイドロゲルの実現のために化学改質によるネットワークの親水化、および(II)熱可逆性sPPゲルの透明化、を実施する。 (I)について、sPPはその分子鎖中に極性基がないため疎水性である。そのためハイドロゲルのネットワークとして使用するためには親水性の向上が必要となる。そこでプラズマ表面処理などにより化学改質を施し、sPPゲルネットワークの親水化を図る。具体的には、sPPゲルを凍結乾燥し、得られたゲルネットワークにプラズマ表面処理などを実施する。親水性は水の接触角測定等によって評価する。また、改質後の表面構造解析には、フーリエ変換赤外分光法(FTIR)およびX線光電子分光法(XPS)などによる化学構造解析を実施する。最終的には、sPPを骨格としたハイドロゲルが作製可能となる表明改質条件を見極める。 (II)に関しては、熱可逆性sPPゲルへの透明性付与により、より高強度かつ高透明なゲル作製を目指す。そこで、sPPゲルに用いる混合溶媒の比率や作製時における冷却条件の最適化をする。作製したゲルの透明性は紫外線可視分光光度計で可視領域における全光線透過率を測定する。また、ゲルの構造を解析するために、FTIRおよびXPSによる化学構造解析、および動的光散乱測定や電子顕微鏡によるゲルのネットワーク構造解析を実施する。ゲル構造を保持する架橋点などのナノスケール結晶形成過程は、大型放射光施設における小角中性子散乱測定、小角・広角X線散乱測定などといった微細構造解析等により分析することも視野に入れていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度、本研究グループは急速冷却法およびゲルに用いる溶媒種に注目し、シンジオタクチックポリプロピレン(sPP)ゲルの力学物性を向上させることで、高強度かつ熱可逆性を有するゲルネットワークを形成した。これらの成果をふまえて今後は、化学改質によるネットワークの親水化、および作製条件の最適化による高強度かつ高透明性を有するsPPゲルの作製を実施する。 これらの研究の実施には、幅広い条件下でのsPPゲル作製が重要になる。sPPゲルの作製には、さまざまな溶媒およびsPPなどのポリマー溶質、急速冷却法に用いる液体窒素等の材料調整のための費用がかかり、sPPゲルの作製時における冷却条件を最適化する実験では、温度制御環境を確保するためのコストがかかる。さらに、sPPゲルの高強度化、透明化のメカニズム解明には、内部のゲルネットワーク構造解析が不可欠であるが、その解析においてもさまざまな分析費用がかかる。本研究はこのように多くのコストパラメータを有している。必要な材料をすべて揃えた上で、今後の材料費・実験費を見据えて、さらには施設使用料の発生を見据えて研究を推進する必要がある。ほぼ予定した研究費は使用したが、以上の理由から、使用額のばらつきは生じやすく、次年度の使用額がわずかながら生じることとなった。
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