研究課題/領域番号 |
19K22069
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研究機関 | 東京農業大学 |
研究代表者 |
田口 精一 東京農業大学, 生命科学部, 教授 (70216828)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2022-03-31
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キーワード | バイオポリマー / 重合酵素 / 立体化学 / キラリティー / 基質特異性 / 微生物重合 |
研究実績の概要 |
多くの微生物が、エネルギー貯蔵物質として細胞内に合成蓄積するポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は、再生可能バイマス原料から生産できる生分解性プラスチック素材である。PHAは、熱可塑性ポリマーとして利用されるカーボンニュートラルな資源循環型の環境材料として有望視されている。PHAを構成するモノマーユニットは、160種類以上が同定報告されている。モノマー基質はすべて「R体」であることがわかっており、光学純度の極めて高いキラルポリマーであることが特徴である。標準的なPHAポリマーであるP(3HB)は、(R)-3HB-CoA(補酵素A)モノマー前駆体として、重合酵素の触媒作用により、オールR体から構成される。 そこで、初年度は、モデル微生物である大腸菌内に、S体の3HB-CoAが合成できる生合系の構築を試みることにした。その研究戦略は、高価なCoAがフリーのモノマー基質を外部添加法で細胞内への導入実験に着手した。比較的安価に入手可能なR体とS体の混合ラセミ体の3HB・Naを細胞外から添加し、膜透過し細胞内に導入されるかを検証した。検証法として、3HB→3HB-CoAの合成反応を触媒するプロピオニルCoA転移酵素(PCT)を大腸菌に遺伝子導入し、アセチル-CoAをCoAドナーとした生合成を設計した。まず、PCT遺伝子の発現は、抗PCT抗体を用いたウエスタン法で確認できた。PCTも試した数種の中で、ある嫌気性細菌由来のもの(情報機密非公開)を選択した。PCTのCoA転移活性は、P(3HB)のホモポリマーが合成できるかによって判定した。重合酵素としては、最も標準的なP(3HB)のような短鎖PHAモノマーに反応性の高い水素細菌由来にものを選定した。以上、3HB・Naのラセミ体の外部添加、PCT遺伝子導入、水素細菌由来重合酵素遺伝子の導入、の3つの条件を有する微生物培養系を構築できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本挑戦的課題を突破するためには、以下の5点(ここの判断の基準欄と今後の研究推進方策欄で記述)が挙げられる。(1)通常、細胞内では、(R)体の3HB-CoAが生合成されモノマー供給されるルートがある。そこへ、(S)体の3HB-CoAが合成可能な再構成系を構築するには、外部から添加される当該化合物:3HB・Naが想定通りに膜透過し、細胞内に供給される必要がある。それぞれの鏡像異性体はかなり高価なため、市販混合ラセミ体を購入し供した。その結果、(R)体の3HBホモポリマーが合成できたことから、少なくとも順当にラセミ混合物のうち(R)体の3HBが膜透過し、PCTの触媒作用を介して重合系に組み込まれたことが実証できたことになる。この段階で、慎重にチェックしたのは、添加した化合物が大腸菌によって資化される可能性である。殆どが栄養分として消費されると本来のモノマー供給のルートが成立しないことから、その危惧は回避されていることが明らかとなった。以上のことから、最初の段階である、(S)体の3HB・Naが同様に膜透過のステップをクリアできることを強く示唆された。 次に、(2)モノマー前駆体である(S)体の3HB-CoAが、PCTの触媒作用により、(S)体の3HB・Naから変換される必要がある。これに関しては、同類のPCTの立体化学選択性が緩いことが知られており、(S)体の3HB・Naに対しても作用することは十分に期待できる。初年度は、導入したPCT遺伝子がきちんと発現すること確認することが必要と考え、抗PCT抗体による免疫反応を利用してチェックした。その結果、使用した組換え大腸菌株において再現性良く発現が確認できた。ここまでは、本来予定していた実験計画であったが、諸般の社会状況により、残りの期間は論文作成用のデータ整理に費やした。よって、概ね順調に研究が進展したと判断した。
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今後の研究の推進方策 |
先に述べた、本挑戦的課題を突破するための5点(ここの判断の基準欄と今後の研究計画欄で記述)について言及する。初年度にクリアした課題(1)と(2)2点に続き、後続の課題は以下のように説明される。(3)(R)体の3HB-CoAも合成が細胞内で再現できたように、立体化学的に反転した(S)体の3HB-CoAが細胞内に合成されることのチェックが必要である。そのチェックのためには、インビトロでのPCTの立体化学選択性の試験とそれを反映したインビボでの生合成確認である。数ある候補から選定したPCTは、組換え発現させそのプロダクトの抗体を作製できていることから、即活性試験できる状況にある。(S)体の3HB-CoAは、化学合成する必要があるため、理化学研究所との共同で実施する予定である。一番の焦点は、機能的に発現させたPCT組換えタンパク質を使用して、化学合成する(S)体の3HB-CoAに対する反応性、さらには(R)体の3HB-CoAとの相対的反応性比を評価することである。さらに必要な実験として、細胞内で合成される(S)体の3HB-CoAのプール量を測定することである。LC-MSを使用した、CoA体の化合物を細胞からの抽出物を対象として行うことである。一般に、CoA体が細胞内チオラーゼ活性により分解を受けやすいので、非破壊的にアッセイできる分析系を立ち上げる必要がある。この実験は、結果がネガティブだった際の検証に必須のことである。実験系の作動性チェックには欠かせない。それ以降の、(4)(S)体の3HB-CoAに対して重合活性を獲得した重合酵素のクリ二ング系の確立(進化工学プログラムの構築)と(5)首尾よく微生物合成できた(S)体の3HBがポリマー鎖への取り込みの確認とポリマーの分析、については、進行状況に応じて進展できればと考えているが、次年度は(3)の課題に集中的に注力する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定していた、微生物培養支援設備が共通に使用する他研究予算より捻出可能となったためである。次年度以降は、繰越し合算される予算により、研究を加速するシステムへの有効利用が期待される。
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