本研究では、電子エネルギー損失分光法(EELS)を走査型透過電子顕微鏡(STEM)と組み合わせた局所電子分光法において、入射電子プローブを直接試料に照射しないアルーフビーム法によるスペクトル解析の確立を目指している。 初年度は、テトラシアノキノジメタン(TCNQ)分子の銀錯体ナノ結晶に対して、アルーフビーム法によるSTEM-EELS計測を行った。近赤外から紫外領域に現れるスペクトル構造の衝突係数依存性を測定した結果、衝突係数の増加とともにスペクトル強度が減衰し、1 eV付近のピークは僅かに低エネルギーシフトすることが見い出された。理論計算により解釈した結果、スペクトルの衝突係数依存性は非弾性散乱の非局在性に帰属でき、ピークシフトは遅延効果によることが明らかになった。 次年度は、銀ナノロッドの表面プラズモンポラリトン(SPP)と銅フタロシアニン薄膜(CuPc)に励起される励起子との相互作用を調べるアルーフ散乱実験を行った。2 eV付近に現れるCuPcの励起子は、銀ナノロッドの形状をチューニングすることにより、2次のSPPと結合することが示唆されるスペクトル変化が得られた。 当該年度は、前年度に引き続き銀ナノロッドのSPPと有機薄膜の励起子との相互作用に関するスペクトルデータの蓄積に努めた。その際、スペクトルの計測精度とシグナル/ノイズ(S/N)比を向上させる目的で実験条件の再検討を行った。さらに、電子線による有機分子の照射損傷の問題を避けるために、塩素置換したCuPcの薄膜を用いたアルーフSTEM-EELS実験を継続して行った。また、金属/有機薄膜/真空の二界面構造系に対して、遅延効果を考慮した電磁場応答理論を用いたアルーフEELS励起確率の計算を行い、金属界面の存在による新しい導波モードの励起の可能性を見出し、その共鳴エネルギーの薄膜の膜厚依存性を明らかにした。
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