発生胚を構成する細胞の力学特性(メカニクス)は、胚形成の決定と深く関係していると考えられている。細胞メカニクスは、張力(細胞間が引っ張り合う力)と弾性率(細胞の変形能)で定義される。したがって、これらの細胞メカニクスを1細胞レベルで計測することは、胚形成のメカニズム解明において重要である。これまで、張力の1細胞計測は、レーザーアブレーション法や光ピンセット法を用いてなされてきた。一方で、弾性率の1細胞計測は皆無であった。本研究では、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、フォースカーブ測定による見かけのヤング率のタイムラプス測定、および往復フォースカーブおよび応力緩和測定による緩和弾性率のタイムラプス測定を可能とし、初期発生胚の対称分裂期と非対称分裂期の計測に成功した。フォースカーブ測定において、細胞分裂期にヤング率の増減が生じること、また、非対称期の植物極側では、1細胞レベルでヤング率が大きく変化することが分かったが、その弾性成分と粘性成分の寄与は不明であった。マルチコロイドプローブカンチレバーを用いた往復フォースカーブおよび応力緩和測定による緩和弾性率から、見かけのヤング率の増減は、特徴的な時間の弾性率と流動性の両方が時空間的に変化していることを見つけた。さらに、緩和弾性率を詳細に解析することにより、静的弾性率の存在を明らかにし、この静的弾性率も発生胚の過程において変化することを見出した。以上のように、プローブ顕微鏡を用いて、発生胚の1細胞ごとの弾性率の定量解析にはじめて成功した。
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